第32回 「志保の悩み」

 昨晩(6日の夜)遅く、志保から待ち合わせ場所と時間を知らせるメールが届いた。
場所は帝国ホテルのロビー、時間は6時である。

ホテルの車寄せにタクシーが着いたのは6時5分前だった。
彼女はこれまでに待ち合わせ時間に遅れたことがないから、間違いなくロビーで待っているはずだ。

メインエントランスを抜け、ロビーの左前方に目をやると、直ぐに志保の姿が目に飛び込んできた。

プロポーション抜群で30代半ばの美人が高級ホテルのロビーのピラーに背を持たれながらニューヨーカーを何気に読んでいる。

ジーンズにホワイトのシャツ、その上に質の良さそうなヘザーグレーのカーディガンを胸前で結ぶといったさり気ない出で立ちだが、それが妙に彼女を際立たせている。

一瞬、そんな風に思えた。

彼女も自分を見つけたらしく、ふたりの目があった。

彼女が小走りに近づいてくる。

ふたりの距離が1メートルほどに縮まったとき、彼女が「久しぶり、了」と言いながら胸に飛び込んできた。

彼女はハグのつもりだろうが、傍から見ればそうは見えない。

ふたりの頬が接した瞬間、
「おい、ここは日本だぞ、少しオーバーじゃないか」
と耳元に囁いた。

「良いのよ、了となら」
と平気で言う。

良く分からないままに、束の間抱きしめる格好となってしまった。

彼女の肩を軽く押し戻しながら、
「結構、元気そうだな。
でも、志保が元気そうな様子を敢えて見せるときは悩みを抱えているときが多い。
何か、問題か?」
と聞いてみた。

「ええ、まあ。
でも、取り敢えず、食事にしましょ。
地下の‘なだ万’に予約を入れておいたけど、和食で良かった?」

「問題ないけど」

「ね、二人で歩くとき離れて歩くの難しいの。
腕を組んでも良い?」

「まあ、俺は良いけど、志保は拙くないのか?
有名人らしいからな」
少し茶化してみた。

「‘外国で活躍する日本人女性’ってやつ。
ニューヨークで働いているだけで、別に活躍してるわけじゃないのにね」
と言いながら、既に右腕を俺の左腕に絡めている。

‘なだ万’での懐石料理も終わり、デザートが運ばれてきた頃、問わず語りに志保が悩みを打ち明けてきた。

「了と知り合う前、イーストリバーの妻子持ちの人と付き合っていたことは以前に話したわよね。

その彼が離婚するから、また付き合ってくれと言ってきたの。

もちろん、付き合ってもいないし、そのつもりもない」

「だったら、別に問題ないはずだが」
素っ気なく言う。

「それが、そうではないのよね。
昨年4月に彼がナンバー・ツーにプロモートされ、運用部門の全ての人事権を持つことになったの。

了が帰国してから数カ月経った頃、彼自身の運用のアシストをしてくれと頼まれ、仕方なしに引き受けることになった。

ベースは一挙に10万ドルアップしたし、来月貰う予定のインセンティヴ・ボーナスも相当な高額に上ったのは喜ばしいことだけど、毎日が大変」

「同じ個室で仕事をし、毎日の様に口説かれてるってわけか。
それで、どうしたいんだ?」

「給料は魅力的だけど、居心地が悪すぎる。
他に仕事を探すしかないと思ってる。
困ったわ」

「まだポートフォリオ・マネージャーの仕事を続けたいのか?」

「ええ、楽しいし、過去のトラックレコードも悪くないから。
多分、私に向いている仕事だと思ってる」

「それで、どこで仕事がしたい。
ニューヨーク、ロンドン、どこでも紹介できるけど」

「まだ暫くは、ニューヨークにいたい。
でも、人間として信頼している人の下で働きたい。

この世界、どこか腐ってる人が多すぎるわ」

「まあ、腐ってる人間はどの世界にもいる。
まだ、そっちの世界にだってまともな人間は少なからずいるよ。

ニューヨークじゃないけど、コネティカットに行く気はないか?
そう、志保も良く知ってるマイクのファンドだ」

「えっ、本当!
彼なら信頼できるし、一度オールドグリニッジにも住んでみたかったの。
お願い、頼んでみて」
真剣な口調だ。

どうやら元カレは毎日、彼女に陰湿に言い寄っていたのに違いない。
その彼から逃れられるという安堵の気持ちが働いたのか、嬉し涙らしいものが彼女の目に滲んでいる。

「あっちに戻ったらレジュメをメールしておいてくれ。
マイクには話しておく。

もう大丈夫だ。
安心しろ。

ただ、イーストリバーを辞めるのはボーナスを貰ってからにしておけよ」

「そうね、お金って大切だもんね」
笑って言う。
もうすっかり元気を取り戻した様だ。

 その夜、彼女を抱いた。
二人の関係は本店への転勤でなし崩し的状態になっていたが、きっぱりと別れたわけではない。
それだけに、会えばそうなるのは分かっていた。

 成人式の週初(8日)、東京市場がクローズのなか、相場は113円前半でもたついた。

その日の夜中、ニューヨークの沖田に電話をかけた。
「どうだ?」

「ドル円の上は重いですね。
何となく、落ちそうな気配がします。

ユーロドルはややオファー気味ですが、ポジション調整後は買いだと思います。

何かしますか?」

「そうだな、ドル円50本売ってくれ」

「04(113円04銭)です」

「了解。
それと10分後に、もう50本売っておいてくれ。
レベルは構わない。
円に関しては、その後のリーブは不要だ。

あとユーロドルを50本買いたいが、何処が良い?」

「60(1.1960)辺りでしょうか?」

「じゃ、60でリーブを頼む。
ストップは丁度(1.1900)givenで良い。

忙しいところ、どうもありがとう。
それじゃ」

「お疲れ様でした。
お休みなさい」
いつもの静かな沖田の声で会話は終わった。

翌日の朝、山下からニューヨークでの取引内容の報告を受けた。
追加のドル円の売り50本は13円07、ユーロドルの買い50本は1.1960でダンとなった。

「どの様に処理しておきますか?」
山下が聞く。

「3円04の50本の売りは先週の12円台の利食いに当てておいてくれ。

これで現在のポジションは、ドル円は14円台の売り50本、13円07の売り50本、ユーロドルは1.1960の買い50本。

それで良いか?」

「はい、間違いありません。
乗ってきましたね」

「まあな、ただお前以外はパットしないから、10~12(10月~12月)は全体で少し未達だ。

俺もプラスだが、大したことはない。
ここらで頑張らないと、3月末の数字が厳しくなる」

「そうですね。
ところで、大阪の件の真相はどうなんでしょうか?」

「明日には浅沼の調査が終わるから、明後日には真相が分かる。
どうせ俺が片づけることになるのだろうが・・・。

ともかくそれはそれで、稼げるときに稼いでおくしかないな」

会話を終えて、ふとスクリーンを見ると、みるみるとドル円が急落して行く。
午前中に50(12円50銭)がgivenした。

日銀の超長期国債買い入れオペが予想外の減額となったことで、テーパリングが進むとの思惑が市場に走ったためである。

そして翌日には、‘中国が米債投資を辞める’との報が流れ、ドル下落が続き、週末には110円91銭を付けて、週を終えた。
少しツキが回ってきた様である。

週末の土曜日の午前、ベッドに横たわりながら大阪の件を考えていた。
堂島支店・柿山の話、そして三山製作所の話、どちらも噛み合いそうで噛み合わない。

柿山は108円台の時点で、‘110円まで戻す可能性は極めて低いから、売った方が良い’と三山に強く勧めたという。

だが、話の半分が本当だったとしても、為替予約は顧客である三山の意思で行うものであり、銀行が強要できるものではない。

やはり、真相を暴くためには‘面倒でも自分で大阪に出向くしかないな’

その晩、国際金融新聞の木村宛てに来週のドル円相場予測を書いた。

木村様

やっと、予測してきた様に相場が動き出しました。

114円台のショートが根っことなり、活躍しています。
新たに113円台でショート、そして1.19台でユーロドルをロングしたので、ディールの方はまずまずです。

日銀の超長期債の買いオペの減額とテーパリングが結び付けられ、円が急騰しましたが、
確証はありません。

ドルが落ちたのは、今のところポジションの投げが主因と判断しています。

米法人税減税とFEDの正常化プロセス継続という好条件がありながらも、115円を試せなかったため、‘日銀のテーパリング話がドルロング(円ショート)の投げに繋がった’程度の話で捉えておいた方が無難かと。

もっとも、米国のNAFTA離脱話や中国の米国債購入の減額話の信憑性が高いのであれば、この先サイコロジカル水準の110円を試す展開があっても不自然ではありませんが・・・。

ユーロドルが1.21を抜いているので、これもドル円の押し下げ要因には違いありません。

こんなところで適当に行間を埋めておいて下さい。

予測レンジ:109円~112円75銭

IBT国際金融本部外国為替課長 仙崎了

(つづく)

第31回 「新たな問題」

 2日の昼過ぎまで横浜・永田町の実家で過ごした。

帰りがけに玄関で靴を履きながら、
「いつも遠いのに、社宅の掃除に来てくれてありがとう。
それに料理も助かるよ」
と母に礼を言うと、その目が潤み出している。

単なる別れの涙もあるのだろうが、いつまでも結婚もしない息子に対する複雑な思いが涙に籠ってる感じがした。

「随分とお前も大変なんだろ。
母さんはお前の仕事のこと、何も分からないけどあまり無理しないで」
と言う。
母親が息子との別れ際にかける有体な言葉だが、それが自分の母親のものであれば特別である。
自然と心に疼きを覚えた。

呼んでおいたタクシーが既に門の前で待っている。
それを口実にドアを押し開き表に出ると、後を追う様に出てきた母に封筒を手渡した。
50万円入っている。

「お前、こんなに・・・」と戸惑う様な母の声を背中に聞きながら、タクシーに飛び乗った。
車窓越しに少し左手を挙げて母を見やると、手を振りながら何か言ってる。
‘ありがとう、元気で’と読めた。

 その日ドル円は、北朝鮮・金正恩による米国への威嚇発言でリスクオフの雰囲気が拡がり、112円06銭まで下落した。

だが、複数のテクニカル・ポイントが112円近辺に絡んでいるため、ドルに下げ渋り感がある。

その日以降、日米株価の上昇やISM製造業景気指数など良好な米経済統計がドルの背中を押し、ドル円は米12月雇用統計が発表される週末前に113円方向へと動いて行った。

 夜に米雇用統計の発表を控えた金曜日の10時過ぎ、東城から呼び出しがあった。
大阪管轄の客との揉め事で話があるという。

執務室に入ると、晴れ渡った空の下にくっきりと浮かぶ皇居の森を眺める東城の背中が目に入った。
相変わらず、背筋が伸び、凛とした後ろ姿である。

だが、その後ろ姿とは反対に、振り向いた顔には若干屈託の色が滲んでいた。

「まあ、座れ」の言葉を待って、ソファーに腰かけると、
東城も向かい側に腰を下ろした。

「市場はどうだ?」
開口一番の言葉はいつも通りである。

「複数のチャートポイントが絡む12円近辺ではドルが底堅い様です。
あそこが抜けると、面白かったのですが、残念ながら13円方向に戻ってきてしまいました。

ユーロドルは1.20台に乗ってから上値に重たさが感じられますが、9月の高値(1.2092)近辺ですから無理もないことかと。

もっとも、根本的にユーロを見直す時期が近づいているのかも知れません。
世界の外準(外貨準備)に占める通貨別シェアは、このところドル建てが減少し、僅かながらユーロ建てが伸びています。

昨年6月にドラギが「デフレ圧力はリフレ圧力に置き換わった」と発言していますが、あの辺りからユーロ相場に潮目の変化が見られます。

早晩、ユーロドルのレンジの下値が1.20に変わる可能性があるのかと・・・」

「そうか、分かった。

ところで、ちょっと大阪で問題が起きてる。
あっちで上手く片付けば良いが、どうも大阪支店長の話だと拗れそうだ。

堂島支店の企業担当が工作機械メーカーの三山製作所に3年先までの輸出(ドル売り円買い)予約を強いたらしい。

‘らしい’というのは、堂島支店の担当が客も納得した上でのことだと言い張ってるからだ。

とは言っても、責任転嫁をしている時間はない。
3月末が迫っているため、このままドル高が進行すれば、三山の決算期における為替評価損が膨らむことになる。

コストは108円台、予約残は60本だから、現状のレートで換算すると含み損は約2億数千万円だ。

それと、三山の輸出先である米国企業からの受注が激減しているという話もある。
仮にその状態が続けば、未使用のショートポジションが発生するから、事は結構深刻だ」

「でも何故、うちの堂島支店の担当が、そこまで長期のフォワードを予約させたのでしょうか?」

「以前にシンガポール支店のトレジャリー部門にいた柿山が担当だ。
彼は市場部門から外されたことを今でも根に持ってるそうだ。
その辺りに原因がありそうだが、もう少し事情を調べてみてくれ」

「了解しました。
至急、コーポレート・デスクの浅沼を大阪に行かせます」

「そうか、分かった。
でも、最終的にはお前が決着を付けるマターだ。
出来る男には、次から次へと難題が降りかかるな」
笑いながら言う。

「本部長、ここは笑うところじゃないでしょう」
半ばむっとした表情を浮かべながら言う。
無論、東城だから許される口のきき方である。

「悪い、悪い」と言いながら、東城はデスクに向かって歩き出していた。

もう話は終わりだということである。

ドアを開けようとしたところで、
「新年会は近い中に‘下田’で良いか?」
と、後ろから声がかかった。
労いを入れるところが東城らしい。

「はい、ありがとうございます」
向き直って、軽く会釈をしながら答えた。
わざとらしく少し笑みを添えるのも忘れなかった。

自席に戻るなり、
「浅沼、ちょっとこっちに来てくれ」
と声を掛けた。

今しがた東城から聞かされた話をそのまま彼に伝え、
来週早々に大阪出張を命じた。

その日の晩、米12月雇用統計の発表があったが、銀行には残らず、社宅でラフロイグのグラスを傾けながら統計結果を待った。

統計結果は思わしくなかった。
NFP(非農業部門雇用者数)が市場の予測を下回り、ドル円は13円前半で伸び悩んだ。

ニューヨークの沖田に電話を入れたが、‘もうこっちの連中はやる気はなさそうです’と言う。

それを聞いて、モニターから逃れることにした。

ベッド脇のテーブルにグラスとボトルを運び、そしてBGMにAnn Burtonの気怠いボーカルを選んだ。

ベッドに寝転ぶと、少し酔いの回った頭の中で予測が空回りした。
それでも何とか当りを付けた。

来週は短期の保ち合いを放れる。
先週後半の値動きから上に放れそうだが、そろそろ需給が緩みそうな(実需のドル売りがでそうな)気配もあり、基調としてのドル買いにはならないはずだ。

現在のポジションは14円前半のショート50本、12円30のロング50本のみである。

できれば50本ロングを適当に利食い、そしてショートはそのまま残しておきたい。
そんな展開になれば良いが・・・。

 土曜日の晩、国際金融新聞の木村に来週のドル円予測を送った。

木村様

明けまして、おめでとうございます。
本年も宜しくお願い致します。

13円台は値頃感、相場勘、そしてチャートポイントが絡み合い、揉み合いかと思います。

依然として基本的には、ドルの上値は重たく、ベアリッシュ・バイアスです。

予測レンジ:111円~114円10銭
キー水準:上は113円75銭、下は112円前後

いつも通り、行間の埋め草は適当に頼みます。

以下、ご参考まで

米税制改革法案の実現やFEDの正常化プロセス(利上げ)という与件がありながら、ドルに力強さが感じられない。

昨年を振り返れば、米利上げがドルを押し上げた経緯はない。
昨年12月のFOMCでは今年2~3回の利上げを行うというのが内部のコンセンサスの様だが、それがドル高を牽引するとは思われない。

以前にお話した米イールドカーブの「フラットニング→逆イールドカーブ」が徐々に顕在化しつつあり、「株のクラッシュ→ドル急落」には警戒を要する。

IBT国際金融本部外国為替課長 仙崎了

 メールを出し終わった直後、スマホが鳴動した。
阿久津志保からの電話である。
「了、明日会える?」

昨年からの約束である。
断る訳にはいかなかった。
「ああ、良いけど」

「何だか、疲れてるみたい。
それじゃ、後で時間と場所をメールしておくから、明日必ず来てね」

「分かった」
二人同時にスマホを切った。

会えば抱くことになるのが分かっている。
それが今は億劫でもあり、憂鬱でもある。

(つづく)

この連載は新イーグルフライから抜粋したものです。

第30回 「語られた真実」

ホリデーシーズンの真っただ中、市場は週初(25日)から週半ばまで動意なく過ぎた。
ドル円相場は113円前半での保ち合いに終始し、市場からすべての参加者が消えてしまったかの様だ。

この時期、毎年同じ状況が繰り返されるため、いっそのことクリスマス前後の数日間、市場がクローズしてしまえば良いのかもしれない。

だが、市場には市場の機微があり、そんな相場付きでも微妙に何かが動いているはずだ。
そんな微妙な動きを読めるときもあるから、動意ない相場も無視できない。

米大リーグ(MLB)では、今年から監督による申告敬遠が採用された。
監督がアンパイアに敬遠のフォアボールを申告すれば、投手は4回の投球を行う必要がなくなったのだ。
4回分の投球時間がセーブされ、試合時間の短縮に貢献するという。

そんな新ルールを、「4球の間の空気感があるでしょ、面白くないですよね」と切り捨てた大リーガーがいる。
日本が生んだ稀代の大リーガー‘イチロー’である。

4球の間の空気感、どこか動かない為替市場にも似ている。

足下のドルは一カ月間も買い進まれた局面で、上にも下にも行けない状態だ。
だとすれば、ポジション調整で少しドルが落ちるのかもしれない。
そんな空気感が動きの失われた113円台前半に漂う。

果たしてドルは木曜日からジンワリと落ちだし、今年最後の市場で112円47銭へと下落した。

年末に短期のドル調達コスト(金利)が上昇したのは例年通りだが、今年の急騰は酷過ぎる。
FED(米連銀)が正常化(利上げ)路線を進めるなかでのこの状況、それでもドル買いが進まない。

不自然さがそこにある。

高すぎる調達コストに辟易とした向きが、ドル資金を敬遠すれば、調達コストが低下するはずだ。
新年早々、それが切っ掛けでドルが落ちるかもしれない。

依然として114円台前半の50本ショートを持ち続けたままだ。
盤石の根っこのポジションとは言えないが、これを軸に数回転の売買ができ、それなりの利益を生んでいる。
今の処、このショートが虎の子のポジションである。
もう少しこのショートをキープしておくしかない。

複数のテクニカル・ポイントが集中する112円前後、ここが抜ければ、1月に110円台もあり得る。
そんな展開を期待したい。

 年末年始を家族向けの社宅で過ごすのは侘しい。
年末の土曜日(30日)、横浜市の永田町にある実家に戻ることにした。
年が明けて1日には姉夫婦と姪・甥も来るという。

皆が集まると、必ず俺の結婚話になるので鬱陶しいが、久々に家族らしい雰囲気で迎える正月は良いものだ。

実家には自分の部屋が大学時代のまま残っている。
母親の手が入っているせいか、清潔感が漂っている。

自室のベッドで暫く横になった後、夕飯目的で母を中華街に誘ったが、自分が作ると言い張った。

‘この歳になっても我が子は我が子である。
手料理を食べさせたい気持ちが働くのだろう。

勝手な理屈だが、独身であり続けることは一種の親孝行なのかも知れない’

結局その日は、母親の料理で夕飯を済ませることにした。
サバの味噌煮、カキフライなど、自分の好物がテーブルに並ぶ。
それらをつまみに母と息子は、ビールを飲みながら世間話で時を埋める努力をしたが、会話はそう長くは続かなかった。

間を繕う様に
「岬さん、今頃どうしてるのかしらね?」
と聞いてきた。

母は岬を気に入っていた。
心の中では今も、‘岬が俺の嫁さんであったら良かったのに’と思っているのに違いない。

「人伝だけど、元気にしてるらしい」
それ以外答えようがなかった。

会話が途切れ途切れになったのを頃合いに、
「少し疲れた」と言って、自室に引き上げた。

 自室のベッドに横たわると、岬のことが脳裏に浮かんできた。
彼女には財務省の勉強会の前に聞いておかなければならないことがある。

勉強会では岬の夫が何等かの言いがかりをつけてくるに違いない。
それに備えて置く必要がある。

枕の横に置いてあるスマホを手にした。

「こんばんわ、寒いわね」
少し声が明るい。

「元気か?」

「ええ、このところ松本も寒波で大分冷え込んだけど、大丈夫。
了は?」

「ああ、今、実家でのんびりしてるよ。

いつもながら、お袋が岬のことに触れてくるけど。
それが結構、辛い。

岬のことを気に入ってたから仕方ないけど」
そう言ってから、‘拙い’と思った。

かつてだったら岬にとって嬉しい話に違いないが、今となっては後悔を深めてしまう言葉に過ぎない。

少し会話が途絶えたが、
「機会があったら、またお母様にお会いしたいわ」
と落ち着いた声が返ってきた。

「そうだな、そんな日が来ると良い。
ところで、例の財務省の勉強会が1月の中下旬に行われることになった。
そこで、岬に聞いておきたいことがある。
坂本さんとの間に‘本当は何があったのか’を教えてくれないか?」

躊躇いもあるのだろうか、少し間が空いたが、
凛とした声が返ってきた。

「了も薄々は感じてるでしょうけど、夫と貴方とは真逆の性格とでも言えば良いのかしら、あるいは陰と陽かも。

了がニューヨークのテレビ番組に出演していたときの事は、以前に話したわよね。
あの時、夫は了が私の元の恋人だったことに気付いたと思う。

その後、夫との諍いごとがあったときのこと、‘彼だったら、そんな言い方をしないわ’って言ってしまったの。

軽率だった。

‘彼って、あいつのことか?’って聞いてきた。
私は否定も肯定もしなかったの。

もう夫婦関係に疲れてたから、あの時はどうでも良かった。

それが今の了に結びつくなんて、考えてもみなかったわ。
ごめんなさい、本当に・・・」

そこまで話すのがやっとの様子である。

「もう、それ以上は話さなくて良い。辛かったな。
俺の方は大丈夫だ。

多分勉強会の当日、何かを仕掛けてくるだろうが、心配いらない。
だからもう泣くな。

今日は伯父さんの処へでも行って、旨い酒でも飲んでこい」

岬の伯父は松本で‘縣倶楽部’という割烹を営む。

まだ嗚咽している様だが、
「分かったわ、行ってくる。
お店、年内は今日が最後らしいから、残りものの整理に丁度良いわね」
少し元気を取り戻した様だ。

「そうだ、それが良い。
それじゃ、伯父さんに‘良いお年を’と伝えておいてくれ。
おやすみ」

「おやすみなさい、風邪、引かない様にね」

 電話を切ると、自室の窓を全開した。
12月末の外気は冷たいが、気持ちが良い。

これで岬の夫と戦う準備ができた。

部屋の隅にパタゴニアのキャリーバッグが置いてある。
衣類、PC、ラフロイグのボトル、ショットグラス、BOSEのSound Link MINIなど、数日間の滞在に必要なすべてが入っている。

ラフロイグをグラスになみなみと注ぐと、ipodとSound Link MINIをBluetooth接続した。

BGMにはPat Methenyの’One Quiet Night‘を選んだ。

男っぽいギターの音色がラフロイグに妙に合う。

(つづく)

この連載は新イーグルフライから抜粋したものです。

第29回 「ホリデーシーズン」

予想されたことだが、欧米のホリデーシーズンを控えて、週初(18日)から市場は静かである。

そんな相場付きでも総合商社は、10本、20本と玉を打ってくる。

中でも五井商事のディーリング頻度は目を引く。

その五井商事の外国為替課長を務める武村は動きの鈍い相場でも着実に収益を上げる人物として知られるが、執拗なまでに売買の主体を銀行に聴きまわるため、市場ではあまり評判が良くない。

ただ、市場の主体の動向を掴むことはディーリングの「いろは」の「い」であり、それを自身にも部下にも言い聞かせて守っている。

その姿勢は多種多様な相場商品を取り扱う五井商事の伝統の中で培われたものだろうが、流石と言わざるを得ない。

冴えない相場が続くなか、10時過ぎにその武村から電話が入った。
顧客の担当は部下の浅沼が率いるコーポレート・デスクだが、彼が相場の話をするときは俺に直接電話を掛けてくる。

受話器を取るなり、
「仙崎さん、今のポジションは?」と聞いてきた。

「ジョビングはドル円もユーロドルも売ったり買ったりの繰り返しです。
少し抱え込んでいるのは14円前半のショートですが」
正直に答えた。

「そうですか、ショートにしている理由は何ですか?」

「理由ですか、特にないですね。
強いて挙げれば、あっち(米国)のイールドカーブのフラットニング化でしょうか。
逆イールドカーブまで考慮すれば、米株の暴落もあり得るわけですから。
今日明日、それが起きるとは思いませんが、そのことが軸足としてのドルロングを躊躇わせているのかもしれません」

「そうですか。
でも、仙崎さんのことだから、他にも何か理由があるんじゃないですか?」

「まあ無くはないですが、武村さんに話す様なものはありませんよ」
半ば本音である。

武村は‘ハハ’と少し笑った後、
「今週のドル円はどうですか?」と聞いてきた。

「買いだと思いますが、今日の東京ではもうこの上はないでしょうが」

「それじゃ、20本売ってください」

山下が‘70’とクオートする。

「70(112円70銭)です」

「done(ダン)」

「ありがとうございました」

「こっちこそ、どうも。
また教えて下さい」
謙虚だった。

その日のニューヨークで12円31まで下落した。

それ以降、ドル円は堅調となり、木曜に週高値となる13円63まで上昇したが、そこで止まった。

12日の高値13円75を試す様であれば、多少のドラマも生まれただろうが、欧米もロング・ウィークエンドを控えてやる気はない。

翌金曜日のニューヨークでは、ポジション調整で13円25まで下げた後、30前後で週を終えた。

 イブの土曜日、世間はクリスマスに湧くが、俺には関係ない。
日がな一日、気ままに過ごせば良いのだから、それはそれで楽しい気分にしてくれる。

BGMには耳に優しいナイロン弦のクラシックギターが奏でるジャズを選ぶ。
コーヒーはシティーローストのコスタリカが良い。
読み物は経済誌も良いが、きっとそれには直ぐに疲れるはずだから、アウトドア用品のカタログも用意しておこう。

そんな設えを昼過ぎから実行に移し、気分の良いときを過ごしていたが、日頃の疲れが出たせいか、ソファーの上で寝入ってしまった様だ。
目が覚めたといには部屋はもう暗かった。

テーブルの上のスマホに手を伸ばし、時刻を見ると、6時近くである。
独身の男、ましてや彼女のいない男にとっては、詫びしくもあり、人気が恋しい時間だ。

向かい側の棟に目をやると、多くの窓には明かりが灯り、イブを楽しんでいる家族の様子が窺える。
もうブラインドを下ろすしかなかった。

‘拙いな’
少し萎えた気持ちを振り払うかの様に頭を振ると、机の上に置いてあるラフロイグのボトルの栓を抜き、なみなみと琥珀色の液体をショットグラスに注ぎ、一気に飲み干した。
咽なかったのは気持ちがそれだけ強い潤いを求めていたからだ。

半ばアルコホリックになりかけているのかも知れないと思いつつ、二杯目をグラスに注ぎ、それを口に運びかけたとき、スマホが鳴った。

 「了、久しぶり、元気?」
ニューヨーク時代の恋人、阿久津志保からの電話だった。

彼女とはとあるパーティーで知り合ったことで付き合い出したが、本店への転勤が切っ掛けで別れた。
先の約束を持たない関係だったためか、彼女は今でも平気で電話をかけてくる。

邦銀のニューヨーク支店を辞めた後、ニューヨークのイーストリバー投資顧問のポートフォリオ・マネージャーとして活躍している。

最近では海外で活躍する日本人女性として名前が知られ、時折りこっちの経済誌や女性誌でも採り上げられているという。

「ああ、元気だけど。
今日みたいな日は、一人ものは少し気持ちが沈むかな。
今、どこからだ?」

「東京よ、母のところ。
了の社宅の近くね」
かつて芸妓だった彼女の母は四ツ谷で割烹料理屋を営んでいる。
民自党の元幹事長を務めた宮森の愛人だったそうだが、その手切れ金が今の割烹料理屋だったという。

「そうか、もうあっちは暇だろうからな。
たまの親孝行で帰って来たのか。
で、いつまでこっちにいるんだ?」

「来月の10日頃までかな。
ねぇ、了、これから出てこない?
だってさっき、気持ちが沈むって言ってたじゃない」
思い付きで動くのは彼女の特技だ。

確かにイブを男一人で過ごすより、女性と過ごした方が良いに決まってる。
それに志保は、すれ違う誰もが振り向くほど、飛び切りの美人だ。
だが、どことなく気が乗らない。
岬のことが頭にある。

「今日は止めとくよ、少し風邪気味なんだ。
来年早々でどうだ?」

「そ、残念ね。
誰か好きな女性(ひと)でも出来た?」
見透かした様に言う。

「そんな訳じゃないけど。
また電話くれないか?」

「分かったわ。
それじゃ、また電話する。
風邪治しといてね」
と元気に言って、電話を切った。

志保が元気な声を出すときは、何かで落ち込んでいることが多い。
悪いことをしたかなと思う。
そんな思いを振り切る様に、グラスに残ったラフロイグを喉の奥に流し込んだ。

木村様

来週のドル円相場予測。
レンジ:112円~114円20銭。

この時期、あまり語ることもないので、適当に作文をお願いします。

IBT国際金融本部外国為替課長 仙崎了

(つづく)

この連載は新イーグルフライから抜粋したものです。

第28回 「不意打ちの電話」

 米11月雇用統計は良好だったことから、先週末のドル円は高値引けとなった。

週初(11日)のドル円はその地合いを受け継ぐ格好で堅調に推移したが、市場は114円台を試そうとはしない。

海外でも積極的なドル買いは手控えられている様だ。

週半ばにFOMCの政策決定を控えていると言っても、ドルの力不足は否めない。

現在のポジションは14円前半の50本(5000万ドル)のショート、12円前半の50本のロングである。
どうやらまだ、ショートを根っことして抱えておいた方が良さそうな気配だ。

火曜日の夜中、少しビッド気配となった頃合いを見て、ニューヨークの沖田に電話を入れた。

「今、大丈夫か?」

「はい、少し落ち着いたところですから、
問題ありません」

「そうか、円(ドル円)*はビッドの様だが、どんな感じだ?」

「はい、上は75(13円75銭)までですが、PPIが良かったので、明日のCPIにも期待が掛かっている様です。

特に大所が動いている感じではなく、買いはジョビングだと思いますが・・・」

「分かった。
50本、売ってくれるか?」

‘ここで売って、12円台前半のロングを手仕舞っておこう’

「アベレージ65(13円65銭)で売れました」

「じゃ、63で良い。
2銭は今夜のお前の飲み代だ」

「随分と大きな飲み代ですね。
部の全員を連れて行ってもたっぷりお釣りがきますね」

「そりゃそうだ」
二人の笑い声が共鳴した。

「ところで、ご家族は元気か?

はい、こっちで迎えるクリスマスも今年が最後ですから、家内も子供も随分と豪勢なオーナメントを飾りつけたりして楽しんでる様です」

「そうか、それは良かった。

まあ残りの数カ月、フロリダへ行くなり、バハマへ行くなり、楽しんでこい。

それじゃ、どうもありがとう」

これで、ポジションは14円台前半の50本のショートだけになった。
‘何とかこれが根っこのポジションとなってもう少し活躍してくれれば良いが’

 翌水曜日のニューヨークの午後、FOMCは追加利上げを決定した。

利上げは予想通りだったが、ドットチャート(FOMCメンバーの政策金利見通し)に変化が見られなかったことでドル買いの目は消えた。

FOMC後の記者会見ではイエレン議長が物価に対して弱気な発言を行った。

朝方に発表された11月のCPIが総合・コア共に予想を下回った結果となった後のこの発言、市場がドル売りに傾かないはずはない。

翌日の木曜以降はドルの下値を試す展開となり、週末のロンドンの朝方に週安値となる12円03を付けた。

そんな折、ジュニアの前島が
「課長、MOFの吉住さんから電話が入ってます」と叫んでいる。

「忙しいから、折り返すと言ってくれ」
暫くしてもまだ、前島が電話を切らないでいる。

「どうした?」

前島が受話器をクリック*をした後、
「少し待つと言っていますが、どうしましょう?」
と言いながら、困った様子を見せる。

「分かった、俺が出る」
と言って受話器を取った。

「申し訳ありません。
場が動いているときに」
吉住の詫びる声がした。

「場を見てるのなら、少しは気を利かせろ。
そんなに急を要する話なのか?」
吉住はMOFの人間だが、大学の同好会の後輩である。
遠慮なしに厳しく言った。

「はい、いえ、まぁ・・・。
例の講師役の件で、坂本から直ぐに取りついでくれと命令されたもので」

「どう言うことだ?」

「引き受けてくれた礼を言いたいとのことです。
それで本当に申し訳ないのですが、先輩から坂本に電話を入れてくれませんか?」

「馬鹿かお前は!
礼を言いたいのなら、彼が俺に電話をしてくるのが道理じゃないか。
そんなに理不尽なのか、霞が関ってところは?」

「いえ、彼は特別の存在なんです。
間違いなく局長に上がり、その先に事務次官のポストも見えてる人物なんです」

「それが俺とどう関係するんだ。
兎も角、話があるなら、‘そっちから掛けてこい’と言っておけ。
それと電話はディーリング用でない番号にな」
有無を言わせず、受話器を置いた。

‘世の中、ふざけたヤツがいるもんだ。
今の話を聞いただけでも、岬の夫婦生活がどんなものだったのかが窺い知れる’

 場は時計の針が6時を回る頃になって落ち着いてきた。
吉住の電話で気分がザラつき、もはや場に入る気持ちも失せている。

「山下、Kiethへ行くか?」

「はい、5分待って下さい。
ちょっと、事務処理を済ませますから」

「分かった」
と言いながら、窓際に向かって歩き出した。
眼下に目をやると、日比谷通りを南北に車のヘッドライトが行き交う。
いつもと変わらないはずの光景だが、師走のせいだろうか、車が多い様に感じられる。

そんな光景を見ながら数分が経った頃、
「課長、MOFの坂本さんからお電話です」
と山下の声が耳に入ってきた。

‘捉まってしまった様だな’
仕方なしにデスクに戻り、電話に出た。
「仙崎です。
いつも国際金融局にはお世話になっております」
社交辞令から切り出した。

「初めまして、財務省主計局の坂本です。
先刻は吉住の表現が拙かった様で、私の意が届かずに残念でした」
明らかにこっちから電話をしなかったことに対する不満がその声に滲む。

「残念とは?」

「いや深い意味はないのですが、普通はあれで電話が頂けるのかと・・・」

「はぁ、そうですか」
‘財務省が常に上に位置し、そして中でも自分が常に上にいる’そんな感じの話しぶりである。

「まぁそれはそれとして、この度は講師役をお引き受け下さり、ありがとうございました。

仙崎さんのことは為替の世界では有数の人材とお聞きしています。
国際金融局の連中も皆、あなたのファンです。

そんな仙崎さんのお話しを聞くのを楽しみにしていますよ」
そこまで話すと、急に声のトーンを落とし、

「そう言えば、家内もあなたの出演していたニューヨークのTV番組をしばしば見ていました。
IBT勤務時代に家内もあなたのファンだったのでしょうかね」
と尋ねる様に言う。

‘もうそれ以上の当りを付けているくせに、白々しいやつだ’

「もしそうであれば、光栄ですね」
こっちもしらばっくれて返した。

そんな時、
「課長、ロンドンからお電話です」
と、電話の相手にも聞こえる様に山下がわざと大声を張り上げた。

「お忙しそうですね。
お邪魔してしまった様だ。
それじゃ、勉強会は1月の中旬を予定しているので、宜しく頼みますよ」
と言って電話を切った。

「山下、フェイクコールありがとう。
待たせて悪かったな。
さ、行くか」

 ‘Kieth’は2件目に使う店だ。
7時過ぎでもそこそこ席が空いていて、いつものテーブル席を確保できた。

椅子に座ると、山下は「ビール、チーズの盛り合わせ、それからサンドイッチ」とマスターに注文を入れた。

それに「BGMは‘Coltrane’の‘Say it(over and over again)’の入ったアルバムをお願いします」と頼んでいる。

もうすっかり常連気取りだ。

「お前、いつからジャズを?」

「ニューヨークへ行く前に少しジャズの勉強でもと思って・・・。
柄にもなく、休みの日に近所のジャズ好きの店主が営むコーヒー店に出向いています」
頭を掻きながら、照れて言う。

「それは良い。
大分ニューヨークのジャズクラブも閉店に追い込まれてる様だけど、まだ良い店が残っている。
奥さんも連れて行ってあげるといい。

ところで、さっきは助かったよ。
彼が俺と岬のことをどこまで知っているのか知らないが、結構思わせぶりの口調だった。

恐らく岬は何かの拍子に俺のことを口走ってしまった様な気がする。
勉強会の前に彼女に再確認しておく必要がありそうだな」

「そうですか。
やっかいな話ですね」

「まあ、乗りかかった船だ。
売られた喧嘩だしな」

ビールとサンドイッチで腹が膨れた様子の山下が
「もう、クリスマスですね。
相場が動くのも年内は来週一杯でしょうか?」
と聞いてきた。

「あっちの税制改革も決定だろうし、それでどこまでドルが買われるかだな。
もっとも、欧米は実質的にクリスマス休暇に入るから、必ずポジション調整に出てくる。
シカゴの円売り越し高はまだ結構残っているから、手仕舞ってくる可能性もあるので注意しとくと良い。
俺は6日に付けた11円99が抜ければ、10円台もあると見てるけど。
まあ、仕事の話は止めにして飲もう」

’Joachim Kuhn’の‘Sometime Ago’が店内に切なく流れ出した。
泣かせるメロディーである。

(つづく)


*円:ディーラー間では、‘円’と言ったら‘ドル円’のことを指す。
もちろん、ドル円と言っても問題はない。

*クリック:電話相手にこっちの話を聞かれない様に、ミュートにすること。
但し、介入の際、MOFは銀行が電話をクリックすることを嫌う。

この連載は新イーグルフライから抜粋したものです。

第27回 「MOFからの確認」

先週末に米上院で税制改革法案が可決されたことを受けて、週明け(4日)のドル円は先週末より高値水準となる112円後半で寄り付いたが、その後は概ね同レベルで保ち合う展開となった。

朝方の売買が一巡した10時過ぎ、凝り固まった背中を伸ばすため、ディーリング・チェアを目一杯後ろに倒し、深く息を吸い込んだ。

そのままの状態で暫く目を瞑っていると,
「課長、MOF(財務省)から電話です」という山下の声がした。

MOFの誰からの電話か訝りながら、チェアを元の位置に戻して受話器を手にした。

「はい、仙崎ですが」

「竹中です」
国際金融局長である。

「あっ、局長、お久しぶりです。
お変わりございませんか?」
‘局長’と聞いて、山下が困惑の表情を浮かべている。
もう少し丁寧な応対をしておけば良かったと思っている様だ。
そんな部下を気遣って、右の親指を立てて見せた。

「ありがとう、元気だ。
君も元気そうで何よりだ。
あっちでの活躍はうちの連中からも聞いてるよ」

「昔、竹中さんに揉まれたお陰で少しは成長したのかも知れません」
まだジュニア・ディーラーだった頃、竹中は実務で陣頭指揮を執っていた。
厳しい一面を持つが、たまにプライベートでも労ってくれる人物である。

「ところで例の件だが、東城さんから君が承諾してくれたことを聞いたよ。
本当に良いのか?」
念を押すように言う。

「ええ、お引き受け致します。
竹中さんの依頼とあってはお断りできませんからね」
笑って返した。

「助かるよ。
省内には省内なりの事情があってな、申し訳ない」
銀行には銀行の、そして霞が関には霞が関の事情がある。
竹中の詫びの言葉にそんな裏事情が滲む。

「私の方は問題ありませんから、大丈夫ですよ。
日時など詳細が決まり次第、連絡をお待ちしています」

「ああ、近い中に吉住に連絡させる。
仕事の邪魔をしちゃ悪いから、もう切るよ。
それじゃ、宜しく頼む」

「はい、失礼します」
相手が電話を切るのを確認してから、受話器を置いた。

ドル円は夕方近くになり、13円台を覗き始めるが、積極的に買い上げる気配は感じられない。

海外でも一時13円09まで付けたが、週末に米雇用統計の発表を控えているだけにポジションを傾けたくないという市場心理が働いているのだ。

 5日(火曜日)もドル円は12円台半ばを中心としただらけた展開に終わった。

相場に変化が現れたのは6日のことである。

‘エルサレムをイスラエルの首都として認めるトランプの方針’が報じられると、日経平均が500円超も下落し、それに連れてドル円もオファーになった。
そして欧州市場が厚みをました4時過ぎ、ドル円は束の間12円を割り込んだ。

「課長、ここはどうしますか?」
山下が聞く。

「ポジション(ドルロング)の投げもあっての下落だ。
少しロンドンの様子を見よう。
今日は少し頑張るが、お前も付き合ってくれるか?」

「もちろんです」
11月に14円73を付けて以降、ドルのショート回転で儲けた山下の声は明るい。

それから数時間、二人はポジションをとる機会を待ったが、良い時間帯は訪れなかった。
ドル円は12円前半での小動きに止まり、ユーロドルの戻りも鈍い。
既に時計の針は午後9時を回ろうとしている。

「動かないな。
何かやって引き上げるとするか?」
山下にポジションを取る様に促した。

「そうですね。
ドル円は一旦、買いだと思いますが・・・?」

「11月の高値14円73からの落としが少し浅かった気がする。
まだドルが上に行きたがってるのかもな。

今日のロングの投げでイベント前(米雇用統計)のポジション調整もほぼ終わった様だし、
お前の言う様に買ってみるか。

50本頼む」

山下がキーボードを叩き出した。
ロンドンとのディールである。

「21(112円21銭)で40本、22で30本、ダンしました」
人気の途絶え始めたディーリング・ルームに山下の声が響き渡った。

「了解」

「僕はストップと利食いのオーダーを出しますが、了さんはどうします?」
こんなとき、山下は課長とは呼ばない。
もう一仕事を終えて、寛ぎのゾーンに入っているのだ。

「俺はまだ14円台のショートをキャリーしてるから、リーブは要らない。
この先の展開を見て処理は考えるよ。
お前のリーブは12円80の利食いと11円80の損切りか?」

「はい、そうですが。
どうして分かるんですか?」

「飯を食うのと同じで、お前はポジションの手仕舞いも早いからな」
先刻まで二・三人残っていた部屋にはもう誰もいない。
大声で笑いながら、山下をからかった。

山下も「利食ってなんぼですからね」と応戦するが、
直ぐに「僕も了さんみたいに、性根の座ったディールをしたいと思ってるんですが・・・」
と照れながら本音を漏らした。

そんな彼を労う様に
「腹が減ったな。
何処かで旨いものでも食って帰るか」
と誘う。

「そうこなくっちゃ。
今日は新丸ビルの‘こなから’にしますね」
勝手に行先まで決めてる。
‘この調子なら、ニューヨークでも無事に仕事を熟してくれるだろう’

 金曜日の11月米雇用統計は、概ね雇用が健全であることが確認される結果となった。
ドル円は週高値の13円58を付けた後、13円48銭で引けた。
市場は結果をある程度好感した格好である。

土曜日の午後10時、ウィスキーグラスに半分程ラフロイグを注ぎ、PCと向き合った。
国際金融新聞の木村に来週のドル円相場予測のメールを書くためである。

木村様

来週のドル円予測をお送りします。

多少ドルがビッドになると踏んでいますが、114円台では上値が重たいと考えています。

もっとも、市場が115円は鉄壁と思い込み始めている点には要注意かと。

こうした水準はあっさり抜けることが時折りあるからです。

とは言え、この局面で11月の高値14円73銭を抜けなければ、反落も大きそうで、積極的にドルを買う人間は少ないと考えています。

自分自身のポジションは14円台前半のショートと12円前半のロングですが、双方同金額で抱合せればスクエアです。

ただ、できれば14円台のショートがこの先も維持できればと考えています。

予測レンジ:110円85銭~114円40銭

行間の埋め草はいつも通り宜しくお願いします。

●ご参考まで
12月のFOMCでの利上げはほぼ確実ですが、ドットチャートでメンバーが中立金利(長期のFFレート水準)をどの様に置いてくるのかが気に懸ります。

今回の中立金利は2.75%のまま据え置かれると思いますが、将来の法人税減税の影響を考慮すれば、引上げられる可能性も多少あるかと。

もっとも、イールドカーブのフラットニングが進んでいるため、中立金利を引き上げることには矛盾があります。

市場が先々の景気を良好と読めば、長期金利が上昇し、その矛盾は解消されるのですが。

ちなみに、レパトリ減税については以下の様に考えています。

現時点で実施時期、「時限立法となるか恒久減税か」が不透明です。

通常、12月は日本在籍の現地法人等の本国への利益送金の円売りが出やすいとされ、ドル円ではドル高円安に振れる傾向があります。

しかしながら、レパトリ減税の実施時期や期間を見極めたいと考えている米企業の現法が、利益・配当の送金を先送りする可能性があります。

確かに米税制法案への見通しが明るくなったことで、軟調だったドル円相場が少しビッド気味ですが、この点では例年よりもドルの需給が緩いかもしれません。

IBT国際金融本部外国為替課長 仙崎了
 
 
この連載は新イーグルフライから抜粋したものです。

第26回 「承諾」

 週初(28日)は、米10年債の利回り低下や北朝鮮絡みの報道でドル売りが加速し、ドル円は11円を割り込んで10円85まで下落した。

だが、このレベルでのドルは底堅い。

翌日(29日)も、「北朝鮮のミサイル発射準備」報道を背景に再び11円を割り込んだが、10円94で止まった。

どうも突っ込む感じがない。

山下をはじめ、他の連中もドル円をショートに構えているのが気になり、
「山下、お前を含めてショートは何本だ?」と聞いてみた。

「ざっと、80本でしょうか」
自分の分も含めて180本になる。

‘全員がショートに楽観的になっている。

北のミサイル発射準備にも反応が薄くなっていることを考えると、実射後のショートカットは予想外に大きいかもしれない’

「皆、聞いてくれ。
今持っているショートはここで手仕舞うか、50(11円50)では必ずストップを入れておいてくれ」
とインターバンク全員に命令した。

全員同時に「はい」と言いながら、EBS(電子ブルーキングシステム)のキーを叩き始めた。

「課長、もう下がりませんかね?」
山下が聞いてくる。

「まだ、相場感を変えた訳じゃないけど、今日の下押しで昨日の85(10円85)を下回っていないのが気になる。

念のため50本は利食うが、残り50本はコストが良いのでキープしておくことにする。

国際金融新聞に書いた通り、戻りは12円80までだと思う」

「そうですか。

僕は先週から売っては買いの繰り返しで上手く回転が効いています。

今ショート20本ですが、課長の指示通り、50ストップで様子を見たいのですが・・・」

「そこそこ儲けている様だから、まあ納得の行くまで頑張ってみる方が良い。

悪いが今、シンガポールで適当に50本買っておいてくれ。

少し席を外すから、後を頼む」
と言い残して、ディーリングに近い応接室に向かった。

早朝に国際金融の木村から‘場が落ち着いたら電話をくれ’とのメールがあった。
財務省絡みの件である。

 
 
 応接室に入るとスマホを取り出し、木村に電話を掛けた。

 「木村さん、早速お調べ頂きありがとうございます。
分かりましたか?」
挨拶もせずに尋ねた。

「東大法学部で予算策定研究会に所属していた43歳前後の人物は、確かに財務省にいますね。

二人です。

一人は理財局国債管理課の楢崎で44歳、もう一人は主計局特別税制課の坂本で43歳。

数多くの局長や数名の事務次官がその研究会から出ています。

財務官僚や企業のトップを目指す東大生に人気のある研究会みたいですね。

何か訳ありの様ですが、研究会の出身者は結束力が強いので、気を付けて下さい」

「気を付けます。

ありがとうございました」

「週末の予測のお礼ということで。
ところでドル円、週末までどんな感じですか?」

「北のミサイル発射については市場が慣れてきた感じがありますね。

この場合、織り込み済みという表現は当らないのでしょうが、多分実射でドル売りになっても、下値は限定的だと思います。

10円台での下押しは、目先は休みでしょうか。

ショートカバーが入ると、先週お送りした予測レンジの上限程度までの反発はあると思います」

「ということは、12円80ですね。

ウェブ刊と夕刊に書かせて頂いて良いですか」

「はい、お任せします。
それではまた」

 
 
 これで田村と岬の夫・坂本とが繋がった。

‘坂本が何を企んでいるのか分からないが、何かを仕掛けている。
ここは、受けて立つしかないな’

応接室を出ると、席には戻らず、そのまま東城の執務室に向かった。

ドアをノックしながら「仙崎ですが、今お時間宜しいでしょうか?」
と尋ねた。

「おう、入れ」
ドア越しにいつもの落ち着いた声が響く。

「失礼します」

「まあ、座れ」
と言いながら、ソファーを指差す。

「場はどうだ?」

「下は取り敢えず、これ以上難しそうです。
一旦、13円手前までプルバックするかもしれませんね」

「そうか。
ところで用件は?」

「財務省の講師役の件ですが、お引き受けします」

「ほう、良いのか?」
と東城が顔に驚きの表情を浮かべながら言う。

「はい、どうやら喧嘩を売られた様ですね。

ここは受けて立つしかありません」
きっぱり言い切った。

「その喧嘩、剣先(けんせん)を下げて戦えないのか?」

「そうですね。

出小手*を狙える程度の軟な相手なら良いのですが、多分それを見越して鋭い面を打って来る人物と判断します」

互いに高校時代まで剣道部に所属していたので、‘剣先を下げる’ことの意味を心得ている。

‘田村が最近、自分のことを詮索していること’や
‘その背景に岬の夫・坂本が存在していること’を打ち明けると、東城が納得した様に頷いた。

「分かった。

お前がそう言うなら、国際金融局長の竹中さんに連絡しておく。

しかし、岬君の夫の目的が良く分からんな」

「そうですね。

多少分かってはきたのですが、その辺りは酒の席での話でしょうか」

「夜の誘いか?」
笑いながら言う。

「はい、見抜かれましたか。
お電話、お待ちしてます」
と言い残してその場を辞した。

 
 

 その日のニューヨークで「北朝鮮の弾道ミサイル発射」の報が伝わると、ドル円は報道前の11円半ばから11円06まで下落したが、それ以上の売りは見られない。

その後、米上院予算委員会で税制改革法案可決のニュースを切っ掛けにドル円は12円台後半へと駆け上がった。

 
 
 金曜日(12月1日)の晩、山下を連れだって青山のジャズ・バー‘Kieth’へと出向いた。

店に着くなり、山下が勝手にビールとサンドイッチの注文を入れた。
まるで自分が古くからの馴染客の様に振る舞っているのが彼らしい。

「引っ越しの準備、少しは進んでるのか?」
グラスにビールを注いであげながら、来年3月にニューヨークへの転勤を控えた部下を気遣った。

「年が明けたら始めようと思っています。

この時期、もうあっちは寒いんでしょうか?」

「まだそうでもないが、年が明けると結構寒くなる。

呼吸器系に気を付けた方が良い。

空気が異常に冷たい時がある」

「ありがとうございます。

ところで、財務省の勉強会講師役、引き受けたそうですが・・・」

「ああ、どうにもこうにもあっちが引き下がらない。

岬の元の恋人が俺であることに確信を持ち、そして二人は既に関係していると敵は思っている。

だから、どこかで一戦を交えたいのだろう」

「難しい問題ですね。

いっそ、関係を持ってしまったらどうですか」
からかい半分に山下が言う。

その頭を小突きながら、
「馬鹿かお前は」と返した。

‘それもそうだな’

皮肉にもKieth がカバーした’Never Let me go’が流れる。
‘岬からの言葉なのかもしれない’

 
 
 土曜日の晩、国際金融新聞の木村へメールを入れた。

木村様

 先日はありがとうございました。

来週のドル円相場予測をお送りします。

週末は先週の予測レンジの上限(112円80)までドルが反発しましたが、ここからの伸び代は薄いと予測します。

来週は与件が多いので少し荒っぽい展開かと。

つまり、短期のポジション・メイクと投げが横行するといった感じでしょうか。

予測レンジ:110円50銭~113円90銭

まだベアなので、予測レンジは下に深く構えています。

埋め草はいつも通りお任せ致します。

IBT国際金融本部外国為替課長:仙崎了

(つづく)


*出小手:竹刀の剣先を下げると、相手が面を打ちやすくなる。
その誘いで相手が面を狙ってくる様であれば、小手を打つ。その動作を出小手と言う。

 
 
この連載は新イーグルフライから抜粋したものです。

第25回 「勝負のとき」

週初(20日)のオセアニア市場でドル円の下値を試す展開となったが、11円90(111円90銭)までだった。

先週末に予測した通り、テクニカル・ポイントの多い11円台後半は簡単に崩し切れない様だ。

東京では12円台前半で保ち合ったが、その日のニューヨークで12円71まで跳ねた。

9年ぶりの米2年債利回りの上昇が要因である。

だが、翌日(21日)になっても積極的なドル買いは見られない。

相場は12円台後半で膠着した。

木曜日(23日)に日米共に祝日を控えているとは言え、ドル買いに動意が見られない。
‘やはり頭が重い’

14円15でショート50本、13円80でショート50本、それに12円05で暫定の買い50本が現在のドル円のポジションである。

‘買い50本はやはり、上の利食いに当てるのはもったいないな’

客足の途絶えた昼前、
「山下、どう思う?」
と尋ねた。

「ええ、上値が重たそうですね。
下でまだコツンと当たった印象がありませんし、まだ下値を試すと思います」
‘山下が上下の感触を大切にする様になってきたのが嬉しい’

「そうだな、まだ下が正解だな。
俺は100本売る。
50本は下の買いの利食い、残りの50本はショートの積み上げにする」

「勝負に出るつもりですね」

「下にモメンタムが付いている相場で下値が確認できてなければ、売るしかないだろ。

ただこのところ、マイクのファンドと彼の顧客が日本株の為替ヘッジで円売りドル買いに動いていた。

厚みのない市場で、今百数十本売ると、一挙にドルが下がってしまう可能性がある。
義理を欠くと拙いので、先にあいつに連絡を入れておく。

お前は今、売って構わないぞ」

「了解しました。
それじゃ、ここで20本だけ売っておきます」

「そうだな。
それが良い」
と部下を鼓舞する様に言った。

そして直ぐに、マイクが仕事で使っているmobileにメールを入れた。
‘I’m still bearish.
So, I’ll sell 100 bucks just before LDN comes in’

すぐさま、
‘Gotcha!
I’ll go with u.
Thanks’
と返事が返ってきた。

「山下、マイクとスイスのファンドも3時頃から売りに出る」
マイクが運営するファンドにはスイスからの資金も入っている。

「そうですか。
それは心強いですね」

「3時頃に50(12円50)が売りになったところで、東京で50本、ロンドンで50本、売り捌いておいてくれ。

3時から営業部を交えての会議があるから、頼む」
50givenが勝負処である。

「50がgivenしない場合(売りにならない場合)はどうします?」

「given する」
言い切った。

「了解です」

2時間後、会議から戻ると、
「50で50本、49で50本売れました」
と山下が言う。
‘間違いなく、今週中に11円台後半は崩れる’

 
 
 ドル円はその日のニューヨークでは12円17で下げ止まったが、翌日には11円14、そして日米が祝日の23日に11円07まで下落した。

ドル下落の呼び水は22日のイエレンによる「早過ぎる引締めはインフレ率を2%未満に留めかねない」との発言だった。

そしてその後を押したのがニューヨークの朝方に公表された10月分のFOMC議事録である。

議事録で‘中期的に物価の低迷が継続するリスク’を指摘するメンバーが予想外に多かったことが判明したからだ。

ドルの軟調地合いが続くなか、FEDサイドからの二つの大きな発信は格好のドルの下押し材料である。
 
 
 日米の祝日と週末に挟まれた金曜日の東京は、11円前半で模様眺めの展開となった。

そんななか、息抜きに社食にコーヒーを飲みに行くと、バックオフィスを仕切る山根が窓際で休憩をとっていた。

キッチンカウンターからコーヒーを受け取ると、
山根の座るテーブルに近づき、
「ここ、座っても良いですか?」
と声をかけた。

「あら、仙崎君。
良いに決まってるじゃない。
あんたにそう言われて断る女はいないって。
マーケット、暇なの?」
明るい声である。

「あっちもこっちも祝日と週末の狭間で、そんな感じですね。
山根さんは?」

「そうね、暇って言えば暇だけど、やることは山ほどあるわ。
世界から金融市場がなくならない限り、こっちの仕事はエンドレスってとこかしら。
それに仙崎君が戻ってから為替の連中のディール件数が急に増えたのも問題ね」

「済みません」

「ごめん、変な意味はないわ。
どんどん頑張って稼いで。
こっちもボーナス増えるから。

ところで先日、田村から‘仙崎はなかなか結婚しない様だけど、彼女はいなのか?’って聞かれたけど、突然変よね」
山根は田村のことを陰では呼び捨てにするほど嫌っている。

「それで、山根さんは何て答えたんですか?」

「‘あんたと違って、仙崎君はモテて困ってる様だし、心配には及ばない’って言っておいたわ」

「そうですか、何で田村さんがそんなことを山根さんに聞いたのかな?」
と怪訝そうな面持ちで言葉を返したが、少し岬の夫と田村との関係が気になる。
‘だとすれば、東大法学部つながりということか’

時間に追われてるわけではないが、腕時計を見ながら「そろそろ戻らないと、山下に叱れるので」と言って、椅子から立ち上がった。

「オバサンに付き合ってくれてありがとう。
仕事、頑張って!」
笑みを浮かべながら言う。

「はい」と言い残して、その場を後にした。

 
 

 ディーリングルームに戻ると、皇居の森を眺める田村の後ろ姿が目に入った。
身長が低く少し猫背のせいか、少しうらぶれた感じがする。
背筋が通り、凛とした東城の後ろ姿とは比べ物にならない。

「晴れて向こうがスッキリ見えますね」
少し探りを入れるつもりで、田村に声をかけた。

「おう、お前か。
今日みたいな天気だと、ここからの眺めは最高だな。
最近、ディーリングの調子が良い様だが、まだドルは落ちそうか?」

「そうですね。
大分ドルの上を攻めた後ですからね」

「そうか、まぁ、しっかり稼いでくれ」

「はい、そのつもりです。
ところで部長は、大学時代に何かクラブに所属してらしたんですか?」
突拍子もない質問だが、思い切って聞いてみた。

「予算策定研究会っていうところに入っていた。
企業予算や国家予算のあり方を研究するクラブだが、今じゃ何の役にも立ってないな」
少し機嫌の良いせいか、あっさりと言う。

「でも上に行けば、役立ちそうじゃないですか」
もはや彼に上の目はないのは分かっているが、お世辞100%で言った。

「それもそうだな。
じゃ、嶺常務の後でも狙ってみるか」
嬉しそうに言いながら、自席へと踵を返した。

‘東大の研究会つながりかもな’

 
 

 ドル円は海外でも模様眺めの展開に終わり、11円半ばで引けた。
来週は10円割れもありそうな雲行きだが、11円02(111円02銭)次第である。
ここが抜ければ、面白い展開になりそうだ。

ユーロドルは独連立政権樹立に向けての期待の高まりで1.19台まで上昇して引けた。

‘総体的にドルが弱い。弱い通貨には弱気材料が付き、買い材料も無視される’ってとこか。

 
 
土曜の晩、ラフロイグを飲みながら国際金融新聞の木村宛てのメールを書いた。
いつもながらのドル円予測である。

***
木村様

来週のドル円は引き続き下値テストの展開を予測します。

ただ、11円02(107円32銭→114円73銭、50%)が抜けない場合は、一旦プルバックする可能性があります。

予測レンジ:109円80銭~112円80銭

行間の埋め草は適当にお願いします。

IBT国際金融本部外国為替課長:仙崎了

なお、以下のこと、プライベートでお調べ願えますでしょうか。

東大の予算策定研究会に所属していた43歳前後の財務官僚名(法学部出身者のみ)。
***
 
 
直ぐに木村から返信があった。

仙崎様

相場予測、いつもありがとうございます。

プライベートの件、了解しました。

分かり次第ご連絡致します。

国際金融新聞 木村
 
 
この連載は新イーグルフライから抜粋したものです。

第24回 「甦った相場感」

週初(13日)の東京、ドル円は3円台(113円台)後半で保ち合った後、海外で3円25まで下落した。

それでも前の週に4円15で作ったショート50本(5000万ドル)を利食わずに、キープしてある。

3円を割り込めば、根っこのポジションになる可能性があるからだ。

翌日(14日)の東京も前日と同じようなレベルで寄り付いた。
予想外に3円近辺が底堅い。

ここを割り込めば、間違いなく面白い相場になるはずだが、そう簡単には行きそうにない。
この日も事務仕事をこなしながら、ときおり山下等のサポートに回った。

4時過ぎ、東城から電話があった。
ドル円が3円60程度で膠着しているのを見計らっての呼び出しである。

 断りを入れから執務室のドアを開けると、皇居の森を眺めている東城の後ろ姿があった。
相変わらず背筋が伸びていて、53歳の年齢を感じさせない。

「まあ、座れ」と言いながら、自身もソファーの方に歩み寄ってきた。

「ドル円の感覚が戻ってきた様だな」

「はい、本部長の先日のアドヴァイスのお蔭で。

もっとも、追加のショートを作れなくて逡巡しています。
どこかで、50本売り増しておきたいのですが・・・。

勝負所ならここで売っても、もう少し上で売っても同じですが、その辺りの決断の鈍さがあります。

まだ本調子でない証拠でしょうか?」

「そうだな。
1.18台からのユーロドルのショートが上手く回転し出したときは流石と思ったが、結局は1.15台止まりだった。

利益は出ているが、まぁ、絶好調ではなさそうだな。
でも、どこかで踏ん切りを付けないと、良い時期を逃すかもな」
‘さり気なく話しているが、アドヴァイスの様だ’

「そうですね。
ちょっと済みません、一分電話をさせて下さい」
と断って、直ぐにスマホで山下を呼び出した。

「山下です。
今、東城さんの部屋ですよね。
何か?」

「場はどうだ?」

「丁度今、75 がtakenされたところで、少しビッド気味です」

「分かった。
80で50本のリーブを頼む。
それと‘俺が動き出したこと’を客に仄めかす様に浅沼に伝えてくれ」

「了解です」

「済みませんでした」
話を遮ったことを東城に詫びた。

「俺の話でスイッチが入ったのか?」
東城が言う。
嬉しそうな顔だ。

「はい、勝負に出ます」

「ところで、さっきMOFの国際金融局長から電話があった。
勉強会の講師依頼を断ったそうだな。

主計からの依頼ごとで、何とかお前に頼めないかとのことだ。
何か断った理由はあるのか?」

「わざわざ竹中さんが本部長に電話をしてきたのですか?
それは参りましたね。
本件の依頼元が岬のご主人らしいので、万が一のことを考えて断りました」

「そうか。
その辺りが絡むとなると、ここで話す様な内容じゃなさそうだな。

たまには、一杯やるか。
そろそろ鍋の季節だな。

新橋の‘末げん’で良いか?」
‘末げん’は三島由紀夫が最後の晩餐をとったことでも知られる鳥料理を中心とした新橋の割烹料理屋で、今でも著名人が通う老舗である。

「‘末げん’の鳥鍋と熱燗の組合せですか、この季節、最高ですね。
今晩でしょうか?」

「いや、今週は木曜日以外は難しい。
それで良いか?」

「はい、大丈夫です」

「お前もあの時以降、苦労が絶えないな」
あの時とは、田村の仕掛けた罠に嵌り、1日で1億以上の損失を出した日のことである。

確かにあのことがなければ、恐らく岬と結婚していたはずだ。
だがそれを悔いても仕方がない。

「ええ、プラザ合意*前夜のレート(240円台)で作ったドルロングを抱えてる様なものですね。

もっとも、プラザ合意当時の僕はまだ洟垂れ小僧で為替の‘か’の字も知りませんでしたが」

「でも、今では世界で屈指の為替ディーラーじゃないか。

今年もインターナショナル・マネー・ウォッチャーズ誌でナンバー2に選ばれてる。
大したもんだ」
部下の成長を素直に喜んでくれているのが嬉しい。

「本部長のお陰です。
それじゃ、木曜の晩、楽しみにしています」
部屋を辞しながら頭を下げると、東城はいつも通り右手を少し挙げて微笑んだ。

 席に戻るなり、
「80、出来てます」
と山下が言う。

「了解。
やはり、4円はもう覗けないか。
今週中に3円割れは間違いないな」

「大分、力が入ってきましたね。
僕も80でショートを振ってみました」
嬉しそうだ。

「ああ、良いポジションになる。
お前も、がつがつ利食わないで少し我慢してキープしておけ」

「がつがつはないでしょう、課長。
利食い千人力ですから、多少手仕舞いが早いだけですよ」
二人の笑声がディーリング・ルームに響き渡った。

 翌日(水曜日)の海外でドル円は113円を割り込み2円前半まで沈んだが、翌日には再び3円台へと反発してきた。

だが、50(3円50)がtaken されなければ、もう一段下がある。
ここは踏ん張りどころだ。
‘我慢しよう’

 木曜の夜、約束の7時前に‘末げん’着いたが、既に東城は部屋で待っていた。

「お疲れ様。
熱燗は注文しておいたが、あとは面倒なのでお任せにした。
場はどうだ?」

「3円前半ですが、昨日の高値3円49を付けなければ、また下がると思います。
念のために、4円があれば電話を貰うことにしてありますが」

「そうか。
どこまで下がると思ってるんだ?」

「目先は1円後半(111円後半)ですが、その先は10円前半もあり得ると考えてます。
でも、2円直前は今日のニューヨークで50本買っておこうと思います。
ショートの利食いに当てるかどうかは、来週の展開を見てからにしますが」

相場の話や世間話をしながら徳利を4本空けたところで、
話はMOFの勉強会の件に移った。

一連の経緯を話し終えると、
「なるほど、お前と岬君の懸念が当ってるかもな。
お前が講師の依頼を断ったのも無理がないってとこか」
と頷きながら東城が言う。

「委員会ならともかく、有志の勉強会の講師役にそこまで固執するのは理解できません。

局長クラスを動かせる人物だとすれば、彼女の夫は相当将来を嘱望されてるってことですかね」

「そうなるかな。

いずれにしても、講師を引き受けたところでお前のプラスになることは一つもない。

気を付けるに越したことはないから、この話、断っておくよ」
東城は平然と言い放った。

だが、国際金融局長からの直々の依頼である。
断れば、銀行のマイナスになりかねないことを東城は承知しているはずだ。

「東城さん、もう少し考えさせて下さい。

国家予算を編成する部署で嘱望されている人物であれば、かなり上の人物ともつながりがあるはずです。

受けて立つしかないのかも知れませんね」

「まあ、あまり無理をするな」
部下を気遣う気持ちが東城の顔に滲む。

それから暫く酒と鳥料理を楽しんだ後、二人は新橋駅前で別れた。

 ドル円は週末のニューヨークで111円94銭まで下落した後、112円15近辺で週を終えた。

 土曜の午後、国際金融新聞の木村にメールを送った。
月曜朝刊の‘今週の為替相場予測’用の原稿である。

「引き続きドルの下値を試す展開を予測する。
テクニカル・ポイントの多い111円台後半を破れば、110円台前半もありえるか。
但し、111円台後半で下げ渋る様であれば、113円台後半までの反発も。
予想レンジは110円~113円80銭」

IBT国際金融本部外国為替課長:仙崎了

行間の埋め草は木村が書く。
それが原稿を引き受けた際の条件である。
時折り意にそぐわない埋め草が書かれていることもあるが、意図が伝われば良い。

(つづく)


*プラザ合意(1985年9月22日):1980年代前半、当時のレーガン米大統領の経済政策が失敗に終わり、米経常収支は史上最悪の赤字を記録した。

これを是正すべく、米政権は日独など対米黒字国の中央銀行総裁・蔵相を呼びつけ、ドル高是正合意を結ばせた。

これがドル円相場の分水嶺となる。
合意名は会議が開かれたセントラルパーク・サウスに位置するプラザホテルの名に因む。

この連載は新イーグルフライから抜粋したものです。

第23回 「解け出した謎」

岬を松本の市街地でピックアップした後、国道147号経由で碌山美術館に車を向けた。

途中、予想外に車が多いのに気づき、
「連休明け(6日)だと言うのに、観光と分かる車やバスが結構多いな」とひとりごちた。

「そうね、この辺りは有名なわさび田もあるので、仕方ないのかしら。
観光客で潤う人達もいるけれど、シーズン中は渋滞で住民の人達が大変みたい」

「京都や鎌倉ほどではないにしても、そうだろうな」

そんな話をしていると、ナビが左折を促した。
穂高駅前方面への指示である。
美術館は近い。

昔の記憶が甦り、もうナビは要らないほどの距離まで来ている。

穂高駅前の信号待ちで横に座る岬に目をやった。
8年以上も前の真夏、同じ場所で同じ様に岬を見たことが思い出される。

‘あの時、岬はTシャツ姿だった。
そしてその胸の膨らみが眩しかった’

少し自分の顔が緩んだのを見てのことか、岬が言う。
「何、嬉しそうな顔をしてるの?」

「確かあの時もここで岬の横顔を見たことを思い出していた。
そして胸の膨らみにも目が行ったこともね」
’初めて二人が結ばれたあの夏の日が懐かしい’

「了も普通の男だったってことね」
ふふっと笑いながら言う。

そんな他愛のない会話をしているうちに、信号が青に変わり、ステアリングを右に切った。
美術館は数分先のところにある。

 

ざっと100台は駐車可能と思われるパーキング・エリアには、20台ほどの車が停められている。

館内に入り、人影が少ないのを確かめると、
「了、手をつないで良い?」
と聞いてきた。

昔ならそんなことを聞かなかったが、今は自分の置かれた状況をわきまえているのだ。

「ああ、別に構わないけど」
と言うと、微笑んで手を差し伸べてきた。

‘本当に嬉しそうだ。
夏に会った時より、少し元気になった様な気がする’

「ここは本当に落ち着くわ。
でも、了はフライフィッシングやトレッキングのフィールドの方が良いんでしょう?」

「まあ、仕事が仕事だから、自然と向き合ってる方が気分が晴れるのは事実だ。
ところで、調子はどうだ?」

「体調はまずまずね。
でも抱えてるものが重いので、気分がたまに塞ぐわ。
ところで、今日は何処に泊まるの?」

「ブエナビスタだけど。
伯父さんの店からは少し歩くけど、あそこがホテルらしいホテルで気に入っている」

「思い出のホテルね。
なんだか切ないわ」

「早くそっちの件が片付くと良いけどな。
ご主人からは何も?」

「ええ、省内の立場もあるとか言ってる。

人一倍プライドの高い人だから、難しいわね。

でも、もうこれ以上、自分の人生を無駄にしたくないわ。

最近は協議離婚も考えてるの」

「そうか・・・。

官僚の世界では、いまだに離婚が出世とかに関係しているのかもな。

先日話した大学の後輩の話では、霞が関にはまだ何かと古い慣習が残っているらしい。

後輩の話で思い出したけど、岬は俺のことでご主人に何か話したことはないか?」

「あれから考えてみたんだけど、少し思い当たることがあるの。

了は向こうでテレビ局の経済番組に出ていたわよね。

結婚当初、主人がその番組を見ていて
‘凄いな、彼の英語は。
話も理路整然としていて分かりやすい。
IBTニューヨークの為替ディラーの様だが、お前の知り合いか?’って聞かれたことがあるの。

仕事上の関係で多少とだけ答えたわ。
本当は‘私の付き合っていた人’と自慢したかったけど・・・。

その時、少し私の顔が微笑んだのかもしれない。
思い当たるのはそれだけね」

「なるほど。

人間っていうのはちょっとした仕草や言葉に不自然なことを感じるものだ。
もし君のご主人が人一倍そうした感性を持っていれば、その時何かを感じたのかもしれないな」

「確かに神経質で感受性が強い人だと思う」

「そうか、いずれにしても財務省からの講師依頼は断ることにする」
と言って、その話は打ち切りにした。

 

それから岬の手の温もりを感じながら、暫く彫像や壁面の絵画を眺めて歩いた。
まるで昔の二人に戻った様である。

館外に出ると、真紅に色づく紅葉が目に飛び込んできた。

「まあ、綺麗! 凄いわ。
今日はここに連れてきてくれてありがとう」
‘岬の明るい声を聞くのは嬉しい’

 

松本の街に引き返し、中町にある竹風堂で遅い昼食をとった後、岬は母の営むクラフト店に戻り、そして自分はホテルでのチェックインを済ませることにした。

チェックインを済ませ、部屋に入るなり、持参したノートパソコンをWiFiに接続した。

画面で為替の値動きを追いながら銀行に電話を入れると、
山下が出た。
「あっ、課長。
今何処ですか?」

「松本のホテルだが」

「岬さんとご一緒ですか?」

「お前らしい第一声だな。
それなら良いが、そんなハズないだろ」

「それは残念ですね」

「上は73(114円73銭)までか?」

「はい、そうです」

「少しオファーの様だが、上の売り筋は?」

「投機筋は五井商事などの総合商社、
機関投資家は大手生保、
実需は豊中などの自動車といったところでしょうか。

まともな筋は皆、売ってきましたね。

そのお蔭でこっちは高値で買わされてしまい、上手く捌ききれませんでした。

申し訳ありません」

「幾らやられた?」

「片手です」

「少し痛い数字だな。
今いくらだ?」

「15 aroundです」

「100本売ってくれないか」

「アベレージ15で売れました」

「了解。

20本は先週のロングの利食いに当ててくれ。

残りの50本は俺の分、30本はお前の分だ。

お前は75(113円75銭)で一旦、利食いを入れておいた方が良い。

今日のお前はツキがなさそうだけど、75では利食えると思う。

少しはやられの足しにはなるだろう」

「分かりました。
課長の利食いは?」

「ストップだけ50(114円50銭)で入れておいてくれ。

利食いは放って置けば良い。

週後半に必ず落ちる。

次に反発したところが良い売り場になるかもしれない。
俺のストップが付かなければ、そこから落ちる。
お前はそこでショートを持つと良い。

明日は電話をしないから、後は自分で判断しろ。
それじゃ、留守を頼む」

「はい、ダメなときに課長のサポートがあると勇気が湧きますね」

「ニューヨークに行けば、俺はいないんだぞ。
お前が部下の面倒を見ることになる。
頑張れよ!」

 

縣倶楽部へは歩いて向かった。
ホテルからは15分ほどの処にある。

店に着き引き戸を開けると、既に岬がカウンターに腰かけていた。

「いらっしゃい。
お久しぶりです」
店主である岬の伯父が丁寧に挨拶をしてくれた。

「本当にお久しぶりですね。
お元気そうで何よりです」
と返した。

「ご活躍の様子、こいつから聞いています。
なにせ結婚してからも、自分の亭主より仙崎さんのことばかり話してましたから」
姪を茶化す様に言う。

「伯父さん、止してよ。
きまり悪いじゃない。
それより早く美味しい物を沢山作って。
それと信州のお酒もね」
照れを隠す様に、岬は伯父に料理と酒を急かせた。

「昔に戻った様だな。
あの時もこんな雰囲気でしたね」
感じたままを口にした。

そんなやりとりで始まった楽しい宴だったが、時間はあっと言う間に過ぎて行く。
9時近くになると、いつの間にかカウンターも奥の小上がりも客で埋まっていた。

そんな様子を見て、二人は店を出ることにした。

帰り際、
「今日はありがとうございました。
またお待ちしています。

これからも岬の力になってあげて下さい」
と店主が深々と頭を下げる。

それには上手く答え様もなく、
「ご馳走様でした。
料理はどれも皆、美味しかったです。

また寄らせて下さい。
それでは、失礼します」
と言って店を後にした。

 

それから二人は中町の北側を流れる田川沿いを歩くことにした。
田川の上流部は女鳥羽川と呼ばれるが、松本の人には馴染みの深い川である。

縣倶楽部から少し南に下って田川を渡り、そのまま川に沿って西に歩いた。
人気のない夜道のせいもあり、二人は腕を組みながらゆっくりと千歳橋に向かって歩く。
自然と左側に岬がいる。
昔のままの二人である。

千歳橋の向こうに時計博物館が見える。
博物館からは岬の母が営むクラフト店までは程ない距離だ。

千歳橋の少し手前まで来たとき、岬が‘強く抱きしめて’と言った。
夏の城山公園のときと同じである。
左手で体を引き寄せ、強く抱きしめた。

11月の松本は寒い。
そんな寒さも互いの温もりで心地良く感じられる。

暫くして、どちらからともなく放れた。

すると岬が凛とした口調で言った。
「ごめんね、了。
仕事まで迷惑かけてしまったわね。
でも、もう少し強くなって、主人と向き合ってみる。
だから、見守ってて。
今日はありがとう。
楽しかったわ」

時折り振り向きながら、岬は千歳橋の交差点を小走りに渡って行く。
背中がとても小さく見えた。
‘切ないな’

 

ドル円は木曜日に週安値となる3円09(113円09銭)まで沈んだ後、3円50近辺で引けた。

7月の高値114円49銭を抜き、114円73銭を付けたものの、ドルの上値は重たい。
週初の50本ショートはそのままにしてある。

来週3円を割り込む様出れば、面白いポジションになりそうだ。

(つづく)

 

この連載は新イーグルフライから抜粋したものです。