ドル円は月曜(22日)の東京で112円89銭まで上昇したが、週末のニューヨークで111円38銭まで下落した。
米中貿易戦争、イタリア財政問題、そしてサウジアラビア問題が燻る中、金融市場全体がリスク回避的な行動に出ている。
軟調なNYダウ、不穏な動きの中国・上海株、それに日経平均が追随するとなれば、否が応でも市場の行動はリスクオンからリスクオフに変わる。
一時は忘れらさられていた‘リスク回避の円買い’という曖昧な言葉が、再びメディアで取り上げられ出した。
少しまともなメディアは、米株から米国債に資金が流れ、その結果米金利が下落し、週後半にドル円が下落したと表現する。
そんなメディアの理屈を抜きにしても、年初来高値となる114円55銭を打った後のドルが下を向きつつあることは事実だ。
IMM(シカゴの国際通貨市場)のノン・コマーシャルの円売りポジションは膨れ上がり、メンバーは2週連続でポジションをthrowing upしている。
ポジションはまだ10万枚近くあるため、throwing up が続きそうな気配だ。
土曜日(20日)の晩、社宅で宅配ピザをつまみにハートランドを飲んでいると、山下から電話が入った。
「今晩は。
ラフロイグの時間、お邪魔して済みません」
「いや、今は宅配ピザとビールだ。
侘しいな、土曜の晩飯がこれだからな。
ところで、何か急用か?」
「はい、横尾さんの件でちょと気懸りなことが」
「また問題か?」
「いえ、最近横尾さんのヨーロッパへの出張が多いのが気になって、連絡までと思い・・・」
「そう言えば、二日前にロンドンの岸井が不可思議なことを言ってたな。
シティー(ロンドンの金融街)で横尾を見かけたけど、支店には寄らなかったらしい。
ロンドン市場が終われば、あっちの客はニューヨーク支店にコンタクトしてくる。
とすれば、主要な客への表敬訪問でロンドンに行ったていうこともあるが、支店に立ち寄らないのは不自然な話だ。
何か寄りたくない事情でもあったのかな?」
「それは確かに妙ですね。
そのことと関係があるかどうか分かりませんが、昨日の午後にパークアベニュー銀行の知り合いから電話がかかってきて、わざわざ‘さっきの売りはスイスのルガノビエンヌ・ファンドだ’と伝えて来ました。
2円60(112円60銭)からズルッと落ちた直後なので、信憑性がある話だと思います。
でも、守秘義務があるのに、‘間髪を入れずに自行の客の取引を他行に教えてくる’これって可笑しいですよね?」
「そうだな・・・。
横尾はスイスのファンドや投資家に知り合いが多い。
それにスイスばかりでなく、フランクやロンドンにもいる。
とすれば、一連の出張は彼等に会い、企みディールのサポートを頼むことが目的だったのか。
パークのディーラーが守秘義務を破ってでもお前に客名を言ってきたのは、恐らく横尾がルガノに頼んでやらせたことかもな。
簡単に言えば、横尾が‘自分が頼めば、どこのファンドでも動かせる’、そんなことを暗にお前に伝えたかったんじゃないのか。
‘当然、お前がそのことを俺に伝える’ってことを見越してな。
要は俺への宣戦布告だ。
多分、来週辺りから何かを仕掛けてくる様な気がする。
俺だけでなく、もしかしたらお前にも仕掛けてくるかも知れない。
用心しとけよ」
「ちょっと面白そうで、武者震いがしますね」
「まぁ、侮らないほうがいい。
国際金融本部の日和出身者はどんな汚い手口でも使うからな。
ところで今日は、家族をどこに連れてってやるんだ?」
「ブロンクス・ズーにでも行って、それからマンハッタンの何処かでメシでもと考えてます」
「それは良い。
それじゃ、来週も宜しく頼む。
連絡、ありがとな」
「失礼します」
‘横尾も狂ってるな。
堂々とディールで稼げば良いのに’
山下との会話を終えると、デスクに向かった。
国際金融新聞の木村に来週のドル円相場予測を送るためである。
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木村様
ドルの上値が限定されてきましたね。
月初に114円55銭を付けた時は、‘115円は時間の問題’とかいう声もありましたが、今はそんな声は全く聞かれなくなりました。
今週も112円半ばでドルの上値が重たい様でしたら、下に滑ると考えています。
与件が多くて上手くまとめられませんが、簡単に要点を下記します。
サウジ問題や欧州問題は、引き続き市場の関心事とは思いますが、正直なところ、その与件に私は少し食傷気味です。
むしろ、気になるのは世界の株式市場でしょうか。
経済指標では、週末に発表される米国の10月雇用統計と9月貿易収支が重要ですが、市場の関心は雇用統計から貿易収支に移行しつつある様です。
全体の貿易赤字が拡大するかどうかも重要ですが、ドル円絡みでは対日赤字がどうなるかが気になるところです。
予測レンジは109円80銭~112円50銭です。
IBT国際金融本部外国為替課長 仙崎 了
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Outlookの「送信」にカーソルを当てクリックし終えると、直ぐにTVのリモコンの入力ボタンを押し、NHK・BSを選択した。
MLBワールドシリーズ第3戦のサマリーを見るためである。
既にドジャーズが延長18回の死闘を3-2で制し、レッドソックスに勝ったことは知っていたが、シーズンも残すところ僅かとなった今、サマリーも見ておきたかった。
‘延長18回、7時間20分の試合、負けたレッドソックスの疲れは尋常じゃない。
それにレッドソックスは明日の先発登板を予定していたイバルディーをこの試合で使ってしまった。
明日もドジャーズが勝って、シリーズを2-2のタイに持ち込むに違いない’
そんなことを思いながら飲むラフロイグは美味かった。
だが、現実は甘くない。
翌日のラフロイグは薬品の臭いがする単なる琥珀色の液体へと変身していた。
Boston Red Sox 9-6 Los Angels Dodgers
レッドソックスがシリーズ3勝1敗とし、ワールドシリーズ・チャンピオンシップをグッと手繰り寄せた。
‘来週のディールは不調かもな’
鋭い目線を浮かべる横尾の顔が脳裏をかすめた。
(つづく)
この連載は新イーグルフライから抜粋したものです。