週初19日(月曜日)、財務省文書改竄問題で揺れる安倍政権の支持率が急低下するなか、株式市場に急落の兆しが見え始めた。
そんな状況下、為替市場は円買いに動いた。
106円近辺で寄り付いたドル円は、いきなり105円68銭まで下落。
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日本株の軟調で円買いに動くのは不自然だが、世の中に不透明感や地政学的リスクが漂い始めると、為替市場は慣行的にそんな動きをする。
これを、新聞の経済欄は真面な論調で ‘相対的に安全度が高い資産である円が買われた’ などと表現する。
円が通貨である以上、資産には違いないが、そんな表現は稚拙であり、記者の程度が知れる。
こんな時に円買いに動く参加者の多くの拠り処は、脳内に深く刷り込まれてしまった「相対的に安全資産である円」というフレーズである。
短絡的だが、短期のスペック(投機)はそれに乗らないと、日銭が稼げない。
そうしたなかで、市場の機微を見分けらながら、俊敏に立ち回れる為替ディーラーのみが生き残れる。
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それ以降、ドル円相場は106円を挟んで揉み合う展開となった。
106円半ばに近づくとドル売りが出る、105円台に入るとドル買いが出る。
そんな展開である。
21日(水曜日)のNY時間に開催されたFOMCでは、FFレートの目標値が従来の1.50%から1.75%に引き上げられることが決定され、利上げペースも今回を含んで年内3回という見込みも不変だった。
市場の予測通りの結果だ。
ドルを積極的に買う向きはいない。
声明後の記者会見でパウエル議長から「遅すぎる利上げは経済にリスクを齎す」というタカ派的なコメントが発せられたが、市場はドル買いに動かなかった。
逆に言えば、今回利上げがなかったとすれば、ドル売りが殺到するという見方もできる。
市場はドル買い材料に反応せず、ドル売り材料に反応する、そうした展開が続いていると考えるべきだ。
106円を挟んだ展開が続いているが、やはりドルの急落が起きそうな気配を感じる。
ドル円の下落では、ドル売りなのか円買いなのかを見極める必要がある。
一連のドルの下落では、両方の動きが重なるという混沌の中で、資本筋や実需の動きが複雑に絡み合う。
森友文書改竄→日本株売り、トランプの無手勝な通商政策→内外経済への悪影響→米株売り、こんな状況の中で ‘リスクオフ(回避)’ というフレーズがメディアによって吹聴されれば、市場参加者の円買い(ドル売り)を勇気づける。
決して円が安全通貨ではないのに。
‘節目の105円を試す展開は近い’
先週の土曜日に国際金融新聞の木村に送った「ドル円相場予測」では、ドルの下値(円の高値)を103円50銭に置いた。
そこまで届くかどうかは別としても、節目の105円を割り込む’ことは間違いない。
果たしてそんな展開は22日(木曜日)に訪れた。
トランプが中国に対する貿易制裁発動を命ずる文書に署名したことを契機に、NYダウが急落した。
それに連れて、ドル売りが加速し出したのだ。
その日、ドル円は105円26銭で踏み止まったが、翌日の週末には一時1000円を超える日経平均の急落に連れる格好で104円65銭まで沈んだ。
そんな折、東城からお呼びがかかった。
東城の執務室のドアをノックすると、
いつも通りの「おう、入れ」という落ち着いた声が聞こえた。
「お早うございます。
だめですね、ドルは」
「そうだろうな。
貿易戦争という怪しいフレーズが流布するなか、来週には佐川氏の証人喚問とあっては、
市場が不安心理に駆られても当然か。
それにしても、まだメディアは‘リスク回避の円買い’だなんて言葉を使ってるのか。
異常な金融緩和が続いてる一方で、政局がこんな状況だ。
それに日経平均も2万円の大台割れが迫っている。
円が安全通貨とは呆れるな。
スペックが円を買うだけなら、それはそれで勝手にさせておけば良いが、知らぬ間に大台が変わると、資本や実需が慌てることになる。
やっかいだな。
国際通貨としての諸機能をすべて満たしているドルが有事通貨だった遠い昔、そんなものかとも思った。
だが、円は第三国通貨としての利用度は数パーセントに過ぎないローカル・カレンシーだ。
もっとも、理論尽くめで読めないのが相場だからな」
「はい、円買いが市場の反応なら仕方ないですね。
こんなとき、市場の動きに合わせて反応しなければならないインターバンクの連中は辛いですよ」
「そうだな。
それはそうと、山下君は来週、ニューヨークに向かう予定だったな。
これを渡しておいてくれ」
餞別の品である。
「お気遣いありがとうございます。
彼が少し慣れたところで、奥さんとお子さんが向かうそうです」
「そうか。
それが、良い。
車の免許など、家族を呼び寄せる前に本人のやるべきことは多いし、仕事にも慣れておく必要がある」
「そうですね。
もっとも、ボードに座るのは同じですし、仕事の方は問題ないかと思いますが」
「ああ、ただ少し心配ごとが出てきた。
トレジャラー(為替資金部長)の山際の体調が悪いらしい。
本人は鬱気味だというが、恐らくは5年間の重責で疲れが溜まってのことだ。
こっちで暫く、楽な仕事に就かせてあげたい。
問題は人材だ。
この件は、嶺常務にも伝えてある。
嶺さんはスイスの横尾を推してきた。
統合前の片割れである日和銀行では屈指の為替ディーラーと言われた男だ。
だが、彼は性格に難点がある。
気性の良い山下と真逆の性格の持ち主、その二人のディーリングの力が同じだとしたら拙いことになりそうだ」
「そうですか、山際さんなら山下を預けても問題ないと思ったのですが、それは拙いですね。
と言って、あそこのトレジャラーのポジションは重要ですから、力のない人間は送れないですよね」
「そうだな。
もう嶺さんはニューヨーク支店長に話をしている様だから、ほぼ決まるだろう。
俺も色々と考えてみたが、今は横尾に優る人材は見つからない。
まだチューリッヒの内部事情もあって、入れ替えは数カ月先になると思うが、山際の体調のこともある。
悪戯に時間を延ばすわけにもいかない。
山下には一応、このことを伝えておいてくれ」
「仕方のないところでしょうか・・・」
東城もその言葉を引き取らない。
‘そのまま受け入れるかしかないか’
「了解しました」
と言い残し、部屋を辞した。
‘拙いな。
やはり二人に確執が生じそうで気懸りだ‘
その晩のニューヨークでも、ドルの軟調地合いは続いたが、ドル円は東京の安値104円65銭を下回ることはなかった。
そして104円70銭近辺で、週を終えた。
土曜日の晩、山下の先々のことが気になり、外食に出る気になれず、宅配ピザを頼んだ。
宅配ピザが届いたが、何となく食欲がない。
冷蔵庫からハートランドを取り出すと、ボトルごと液体を胃に流し込んだ。
いつもならBGMの選択に躊躇はないが、今日は何も思い浮かばない。
仕方なしにCDボックスから無作為に一枚を取り出した。
Kimiko Itoh の ‘Best of Best’ である。
もう内容も忘れたアルバム、一曲目のトラックは‘follow me’ だった。
Follow me to a land across the shining sea
Waiting beyond the world we have known
Beyond the world the dream could be
And the joy we have tasted
今頃、山下は憧れていたニューヨークでの楽しい生活を思い描いているはずだ。
‘間の悪いアルバムを抜いてしまった様だな’
来週早々にも、彼にニューヨークの人事について話さなければならない。
横山については人伝にしか聞いていないが、伝聞通りだとすれば、最悪の性格だ。
山下が持前の明るさで乗り切ってくれれば良いが、俺がかつて経験した様なことが彼に起きれば、潰れるかもしれない。
‘やり切れない’
半分ほど液体が残っているハートランドのボトルを一気に飲み干すと、ラフロイグのボトルとウィスキーグラスを持って、PCの置いてあるデスクへと向かった。
国際金融新聞の木村に来週のドル円相場の予測を送る前のいつものプロセスである。
木村様
来週のドル円相場の予測をお送りします。
まだ基調に変化はないと思います。
こうした流れはドルが急落し、そして急反発する様な形で一相場が終わることが多いと考えています。
まだそんな相場展開にはなっていません。
与件が多い、否多すぎるので、深読みし過ぎると相場に乗り遅れる、そんな感じの展開が続くと思います。
今週、シカゴ(IMM)筋が大きく投機的円ショートを手仕舞いましたが、そんな彼等の動きが今の流れを象徴しているのかと。
うちの実需(輸出関連企業)の取引先にも少し焦りがある様で、105円台でドルを売り出しました。
この先、ドルの戻り高値が105円台前半でキャップされる様だと、ドルの一段安、つまり100円割れを意識する必要があるかもしれません。
ただ、来週は102円台が一杯かと考えています。
予測レンジ:102円50銭~106円20銭
埋め草はお任せします。
IBT国際金融本部外国為替課長 仙崎了
この連載は新イーグルフライから抜粋したものです。