第21回 「財務省からの電話」

 衆院選での与党圧勝が確定的となった日曜(22日)の夜、ニューヨークの沖田から電話があった。

「今晩は。
自民は強いですね」

「まあ、小池や前原の失態の裏返しという側面もあるが、自民は強いな。

これでアベノミクスが再評価され、市場は束の間、日銀の超金融緩和継続を囃すと言ったところか。

明日のオセアニアでドル円がギャップアップしてオープンするのは間違いなさそうだな」

「課長はドル円で何かやりますか?」

「多分何もしない。

13円44(113円44銭)から11円65まで反落する局面で、ロングすれば良かったが、あの時はショートの利食いばかりを考えていて、頭を切り替えられなかった。

あれ以降どうも手が出ないんだ。

でも、相場感を失っている訳ではない。
今週は5月と7月に上値の重たかった14円半ばを試しに行くと思う。

問題は何かするかどうかだな・・・。
俺は当分ドル円でポジションを取るのを止めるが、お前はどうする?」

「そうですね。
課長の言う様にあそこを試しに行くと思います。

ただ、仮に13円台後半でロングを仕込めたとしても、小掬いに終わりそうで面白くなさそうですね」

「うーん、そうだな。
14円半ばは一挙に抜けないだろうから、14円台で一旦売ってみても良いんじゃないか。

5月以降の相場展開を考えれば、実需は14円台で必ずドルを売ってくる。
ロングはその動きを見てからでも遅くはないと思う。

その線で行けば、お前の今週の出だしは好調なはずだ。
俺は暫く、ユーロドルで勝負してみる」

「分かりました。
それじゃ、シドニーで14円台を売ってみます。

課長は1850(1.1850)のユーロドルショート50本を一旦1750で閉じた様ですが、その後新たに1825で50本、1800givenで50本のショートを作ったんでしたよね。

まだユーロが下がるとお思いなんですか?」

「ユーロ圏というよりも、どうも欧州全体の雰囲気が気持ち悪い。
カタルーニャ州の問題がスコットランド独立やイタリアの南北問題に伝播する可能性もある。

それにマクロンとメルケルが目論んでいるEUの深化も画餅に終わる可能性が高い。

ユーロ圏に限って言えば、ECBはAPP*の期間延長と減額という選択をしそうだが、それもユーロ売りに繋がる。

8月以降に形成されたヘッドアンドショルダーのネックラインは1660近辺だったと思うが、そこを抜けるとやばいな。

とりあえずは、1500を抜くかどうか眺めることにするよ。

まー、そんなところかな。
じゃ、また明日からも宜しく頼む」

「ありがとうございました。
それじゃ、お休みなさい」

 週初(23日)の東京、ドル円は寄り付き前に14円10(114円10銭)を付けたが、久しぶりに14円台を見たことで、やはり輸出のドル売り意欲が旺盛だった。

ドルがじり安の展開となり、海外ではロングの投げを巻き込みながら、13円25銭へと下落した。

沖田は今日、そこそこ稼いだはずだ。
‘良かった’

ドル円はその日以降、毎日14円台を付けるものの、市場は7月の高値14円49を試そうともしなかった。

週半ばには、米10年債利回りが節目の2.4%を上回ったことで面白い展開になるかと思ったが、14円24止まりと、市場には49を試す雰囲気も見られない。

‘やはり相当に14円前半は重たいな’
そんなことを感じながら人事関連のメールに目を通していると、ジュニアの前島が
「課長、MOF(財務省)から電話です」と少し声を低めて言う。

「はい、仙崎ですが」

「先輩、吉住です。
円はどうですか?」
吉住は東京外語大時代の同好会の後輩で、国際金融部外国為替市場課*に所属している。

「どうせ、他行の連中にも聞いた後で俺のところに掛けてきたんだろ。
俺も他と大体同じだ。

少しだけ違うとすれば、円安はこのところの米系ファンドの日本株買いに関係しているという点かもな。

少なくても俺の親友が運営している米系ヘッジファンドは日本株を買い、その為替ヘッジで円を売っている。

つまり、ドル買いの与件が多い中で、‘そうした彼等の動きがドル高円安を加速させている’というのが俺の見方だ。

その辺りはそっちのルートで調べれば、分かるところだから信憑性は自分で調べろ。

いずれにしても、ドルはもう少し上だと思うが、14円ハーフが勝負処だ。

これで十分か?」

「はい、ありがとうございます。
ところで、先輩にお願いがあるのですが・・・」

「おい、まだあるのか?
お前は俺のことを相当に暇だと思ってるな」

「まさか。
たまには思いますが」

「馬鹿、もう切るぞ」

いつもながらの先輩後輩のやりとりだ。

「実は先日、省内の勉強会で座長を務める人から先輩に講師を頼んでくれないかと言われました。

彼は僕と先輩が同じ出身校ということを知りませんが、僕が外国為替市場課だから先輩を知っていると思ってのことらしいです。

何とかお願いできませんか?」

「下期が始まったばかりだから、当分は無理だ。
それに他行に幾らでも人材はいるだろう」
と突き放した。

「いや、座長がこの世界で一目置かれている仙崎さんに目を付けてのことで、たってのご指名です。

また、近いうちに電話しますので、是非考えておいて下さい」

「まあな。
ところで、その座長の所属と名前は?」

「主計局・特別税制課*の坂本です」

「ふーん、主計も為替の勉強をするのか?」

「はい、省内の勉強会ということなので、各局が持ち回りで色々と。
相場の話、ありがとうございました。
それじゃ、失礼します」
と言って、電話を切った。

依頼の理屈は通っているが、確か岬の夫も財務省の主計だと聞いている。
‘少し不可解だな。苗字は坂本か、週末にでも岬の苗字を聞いてみるか’

 週末、ドル円は14円44を付けた後に13円64まで反落し、ユーロドルは1.1575まで下落した。

相場感を失ったドル円のポジションはないが、ユーロドルのショートが機能してるのが嬉しい。

 土曜の夜、神楽坂のイタリアン・レストラン‘カターニア’で食事を済ませた後、岬に電話を入れてみた。

「変わりはないか?
ほぼ毎日メールでやりとりしてるのに、そんなことを聞くのは変だな」

「そんなことないわ。
やはり声を直接聞ける電話での気遣いは嬉しいものよ」

「そんなもんか」

暫く取り止めのない話を交わした後、今の岬の苗字を尋ねてみた。

「坂本だけど。
突然、何でそんなこと聞くの?」

先日の吉住の依頼の件を話すと、

「主計ならば、主人に間違いないわ。
単なる偶然だとは思うけど、この間の件もあるし、少し注意した方が良いと思う」
と申し訳なさそうに言葉を返してきた。

「分かった。引き受けた訳ではないし、吉住には悪いが断ることにするか。

それより、そっちは栗の美味い季節だな。

小布施の‘竹風堂’の栗強飯や‘栗の木テラス’のモンブランも食べたいけど、週末は混んでいるんだろうな。

でも、近いうちにそっちに行くよ」

「本当! 嬉しいわ。
必ずね。
それじゃ、そろそろNHKのワールドMLBの時間だから切るわ。
了の一番の楽しみを奪っちゃ悪いものね」
屈託のない笑い声が聞こえた。

「こいつ。
おやすみ」

既に日中のLIVEでドジャーズが負けたことを知っているが、それでもコントローラーのBS1を押した。

ドジャーズはダルビッシュを先発に立て満を持したが、スライダーのコントロールが定まらないまま2回に4点を失い、それが致命傷となった。

1勝2敗で迎える明日の第4戦もドジャーズが負けるかもしれない。
ホームでのアストロズは驚異的な強さを発揮する。

ここは、ワールド・シリーズに入ってから不調のベリンジャーに期待するしかない。

(つづく)


*APP:拡大資産購入プログラム
*国際金融局外国為替市場課:実際の財務省の外国為替部門は国際局為替市場課の所管である。
*主計局・特別税制課:主計局は存在するが、特別税制課は存在しない。

この連載は新イーグルフライから抜粋したものです。