月別アーカイブ: 2017年7月

第8回 「休暇」

東京の週初(24日)、ドル円相場は11円(111円)前後で寄り付いた後、ドル売りが先行した。だが、ここは気をつけなければならない水準である。5月10日付けた14円38(114円38銭)からの下落局面で、ドルが下げ渋り、10円前半と12円前半でかなり揉み合ったからだ。経験則ではこうしたゾーンの中心レベルより下で突っ込んで売るとショートカットの憂き目に合うことが多い。先週末に国際金融新聞の木村に今週の予測を聞かれ、‘ドルは下向きだと思うが、一挙に10円は抜けないから、ここでのドル売りは慎重を期したい’と伝えたのはそんな含みがあってのことだ。先週末に7日RSIが30%を下回っているのもそれを示唆している。
場が活気を帯びてくると、‘目先でドルはそれ程落ちない’という想いは、一挙に確信に変わった。12円80で作っておいた50本のショートの利食いにも当てられるという気楽さもあり、とりあえず10円85で50本ドルを買った。
それから数十分経ったところで
「あっ!」と山下の声がした。
如何にもカバーし損なった声だ。
「どうした?」
「今の菱田の買い30本、カバー先のチェンジ*を食らい、滑っちゃいました」
「確かプライスは90(10円90銭)だったな。今は02~03(111円02~03銭)か。 ショートカバーが出ると、動きが早いな」
「はい」
「それじゃ、俺が朝に買った85(10円85銭)の買い50本を使え。20本余るが、それもお前にやるよ。後で、アカウント・コレクション(訂正)の手続きをしておいてくれ」
「助かります」
「下のスタバのトール・ラテで勘弁してやるよ。市場が落ち着いたら、お前が自分で買ってこい。少しは痩せるからな」
恐縮している山下を和ませる様に冗談交じりに笑いながら言葉を返した。
‘これで、俺のロングはなくなったか。どうせまた下がるから、そこで買うか’
午後にかけてドルは11円18まで戻したが、買いは続かかった。午後3時過ぎに欧州勢が市場に入ってくると、ドルの上値がジンワリと重たくなり、4時を過ぎた頃一挙にドルが下落し始めた。
朝の電話で4時過ぎに東城に部屋に呼ばれていた。
「山下、70で50本の買いを入れておいてくれ。東城さんのところに行ってくる」
「了解です」

「随分と飛ばしている様だが、いったいお前はいくら稼ぐつもりでいるんだ?」
東城の第一声だった。
「9月期では10本(億)のつもりでしたが、低調なマネーやコーポレートの状況、それにインターバンクのブレを考慮すると、15本程度でしょうか」
「ふーん。呆れたやつだな。まあ、あまり無理はするなよ。ここまで短期間で頑張ったんだ。少し休暇をとってお前の好きなフライフィッシングでも楽しんできたらどうだ。 今お前に倒れられたら困るのは俺だからな」
「ありがとうございます。山下とも調整しながら、考えてみます」
「ところで、明日は土曜の丑の日だ。昼に‘いづもや’に予約を入れておいた。久しぶりに老舗の鰻を食いにいくか。俺からのボーナスだ」
「それは、いいですね。だけど、これは昼の部のボーナスで、夜の部は‘下田’でお願いします」
嬉しそうな笑みを浮かべながら、ついでに言ってみた。そんな軽口も東城だから言える。
「こいつ、あまり調子に乗るなよ。まあ、‘下田’にはそのうちに連れて行く」
仕方のないヤツだと言わんばかりの口調で返してきたが、東城の顔も笑っている。
「楽しみにしています」
「それじゃ、明日。俺は11時に日銀の理事と会うことになっているから、現地12時半で良いか」
「はい、問題ありません。それでは失礼します」と言い残して、部屋を後にした。
‘いづもや’は昭和21年に日本橋本石町で創業した老舗だが、かば焼き、白焼き、ともにふわふわとした仕上げで、食感・味は絶品である。

東城との話はほとんど雑談で終始したが、結構時間が経っていた。日比谷通りに面した壁には主要都市の時計が掛けられている。その丁度真ん中にあるTOKYOの時計に目をやると針は6時半を指していた。だが山下をはじめ、まだ他の連中もほとんど残っていた。少し相場が動くと思っているのだろう。
「70の50本、出来ています。下は63(110円63銭)までです」
席に着くなり、山下が言う。
「この後、どう思う」
「そうですね。ロンドンも朝方売った連中は買い戻している様で、しっかりしたショートカバーが出ると思いますが」
「そうか、とりあえず、11円80と12円丁度で50本ずつ、リーブを入れておいてくれないか。キャンセルするまで回す様に頼む」
「了解です。そこにラテを置いときました。痩せるために、自分で買いに行ってきました。冷めてしまったと思いますが、どうぞ」
少し照れ笑いを浮かべながら言う。
「そうか、それじゃ、遠慮なく。ところで、ロンドンの前田はユーロのこと、何か言っていたか?」
「1711(1.1711)が抜けることを期待して、買うと言ってましたが」
1.1711とは2年前の高値のことである。
「まあ、そうだろうな。今、16ハーフ(1.1650)近辺で50本買えるかな。前田を呼んでくれるか」
もう山下はボードのキーを叩き終えている。
「はい・・・・・。48で出来るそうです。チェンジ49」
「ダン」
「前田によろしく言っておいてくれ。利食いは17ハーフ(1.1750)で頼む。これもキャンセルまでだ」
暫く経っても、皆頑張っている。
‘自由にさせておくか’
「山下、俺は先に帰る。皆もあまり遅くならない様にな」と言い残し、ディーリング・ルームを後にした。向かうのは青山のジャズ・バー’Keith’である。

その後、ドル円は水曜日に週高値となる12円21を付けたが、伸びに欠け、結局週末には10円台後半に下りてきた。ユーロドルは木曜日に1.1777まで上昇した後、1.16半ばまで反落したが、週末には1.17台へと上ってきた。

週末の金曜日、めずらしく山下の方から話があると誘ってきた。場所は銀行に近いパレスホテルの6階にあるバー・プリヴェにした。ニューヨーク在勤中に建て替えられたホテルはロケーションこそ昔と同じだが、まるで別のホテルに変貌を遂げていた。二人が案内された窓際の席からは、左手に日比谷通りと濠が見渡せる。ほぼ南北に走る日比谷通りには、無数の車のライトで変則的なドット線が描かれている。日比谷濠には、オフィス・ビルの灯りや街灯が歪みを作りながら帯状に浮かんでいる。そんな贅沢な夜景の見える席に男二人が座っている。傍から見れば、違和感のある光景に違いない。ドリンクをダイキリにし、食べ物は山下に任せた。
「来週は、どうでしょうか?」
いつもの山下の第一声だ。
「どこかでドルの下を試すと思う。皆、10円を割れる方向を考えているハズだから、あまり逆らえないな。割れるかどうかは分からないが、そろそろ揉み合いの日柄も終了する頃だ。気を付けた方が良い。割れれば、例の8円台(108円81銭、108円13銭)を目指すのかもな。軽く勝負をかけるのなら、週末の雇用統計(7月米雇用統計)前に大勢が作ったポジションの逆張りが良い。余程のことがない限り、イベントや重要指標の前にポジション調整が入る可能性が高い。後はFEDが少し物価動向に懐疑的だから、アメリのデフレーターには注意した方が良いかな」
「オバマケア廃案の否決、混迷を続けるトランプ政権人事、ロシアゲート疑惑、これらをどう相場と結びつけて行けば良いんでしょうか?」
「そんなことはエコノミストやアナリストの書いたものを読んでおけ。俺に聞いても有体のことしか言えない。当たり前だが、俺やお前だって普通の人達よりもそうしたことを深く考えている。でも余程の確信がない限り、政局や政権案件で事前にポジションは作らないだろ。重要なのは、その時々の需給と状況判断だ。ところで、話って何だ?」
「はい、また了さんに大きなお世話と言われそうですが、岬君、あッ済みません、岬さんの件です」
山下の奥さんと岬が同期のせいだったこともあり、君付けが癖になっているが、俺の昔の恋人とあって、慌てて言い直した。もっとも、一度付いた癖は直らない。どうせ暫くすると、岬君に戻るに決まっている。
「それで?」
「家内の話によれば、まだ了さんのことを忘れていない様です。と言うよりも、多分、了さんに頼りたいのだと思います。話だけでも聴いてあげたらどうでしょう?」
「そう簡単に言うなよ。別居しているとしても人妻は人妻だ」
「じゃ、僕が来週3本(3000万)稼いだら、会ってもらえますか?」
やけに自信ありそうに言う。
「何で、そこまでお前が彼女のことを気にするんだ?」
「家内が、岬君・・・、岬さんの精神状態を心配しているからです。銀行ではあれだけ仲の良かった二人ですから、家内も岬さんの心の痛みが良く分かるのだと思います」
「そうか、分かった。考えておくよ。そのかわり、3本、ちゃんと稼げよ。それと、奥さんに電話番号とメルアドを聞いておいてくれないか?」
「ありがとうございます」と言いながら、メモを渡して寄越した。
「なんだ、もう用意してたのか。ボード捌きと同様に、こういうことまでお前は速いのか。まあ、良い。ところで、東城さんからの勧めもあって、俺は来週の水曜から休暇をとるが、お前の都合は問題ないか?」
雇用統計が週末に発表されるが、その日の仕切りは山下に任せることにした。
「問題ありません。休暇はフライに出かけるんですか? とすると野麦方面ですね。帰りに松本に寄って貰えると了解して良いんでしょうか?」
「まあな」と答えながら、ダイキリのグラスを口に運んだ。
(つづく)


*チェンジ:クォートしている最中に相場が動くことがある。その場合、出し手がレートを変更することを言う。

この連載は新イーグルフライから抜粋したものです。

第7回 「懸念と再決意」

東京市場が「海の日」でクローズとなった週初(17日)の夜、
社宅から出るのが面倒で、宅配のピザで夕食を済ませることにした。

日本の宅配ピザのバリエーションの多さには驚かされるばかりだが、
何よりも旨いのが良い。

だが、シンプルなニューヨークのピザもまた忘れがたいものがある。

そんな懐かしさを覚えながら、デスクの上に置かれたマルゲリータのスライスを
次々と胃に入れた。

BGMにはコルトレーンのアルバム‘Ballads’を選んでいた。

定番過ぎるほどの定番となったアルバムだが、
挿入された曲のすべてが耳に心地良いのがその理由だろう。

少し腹が満たされたところで、情報端末とPCの画面に目を向けた。

特に何を見るでも読むでもないが、長年の習性である。

少し考え事をしたくて、数枚残ったマルゲリータをキッチンに片づけ、
かわりにラフロイグとショットグラスをデスクの上に置いた。

セカンド・ショットを空けたところで、転勤後の慌ただしかった
一カ月半の出来事などを思い起こす。

 

「前年度も市場部門はバジェット(目標)未達に終わっている。
今年9月期の未達だけは何とか避けたいので頑張ってくれ」

という指示を東城から受けたのは、帰国して間もない一カ月前のことだった。

ニューヨーク支店にも凡その情報は入ってきていたが、
ディーリングルームの実態は分からなかった。

東城もまた、支店で奮戦している俺のことを気遣い、
決して本店の酷い状況を話さなかったのである。

最近になって、そんな過去の実態を山下が語ってくれた。

市場環境に恵まれなかったとは言え、
前任者川原の就任後2年間の成績はあまりにも酷く、
彼の収益が2年間でプラスになった月は2~3カ月ほどだったという。

チーフを務めていた大竹も荒いディールが目立ち、
前年度は大きくやられたそうだ。

上二人の技量のなさや結果がインターバンクやディーリングルーム全体の
士気の低下につながったのだろう。

だが、俺が帰国してから部下達の士気も少しずつ上がってきた様である。

これからは俺が稼ぎ、皆が稼ぎ、そして本部全体に活気が戻ってくれば
必然的に収益が上がってくる。

‘また今から仕事をやるか!’、俺も病気かなと思いつつ、
ニューヨークの沖田に電話を入れた。

 

「どうだ、市場は?」

「はい、今日は総体的に静かですが、コストの悪いショートが残っている感じがします。

クロス円がビッドなので、ドル円も多少上がると思いますが、
了さんは今週もドルは下がると思ってるんですよね?」

「多分そうだろな、この感じだと。弱いときには売り材料がついてくる、
相場付き次第で普段なら見向きもしない与件も弱い通貨の悪材料
になってしまうからな。

どうせ、有象無象のドル売り材料が出てくる。

逆にユーロには買い材料がついてくる。

最近のドラギ(ECB総裁)の示唆をメディアが誇張し、
ユーロにプラスに働く。

リーブを頼む。

ドル円は‘80(112円80銭)で50本の売り、
それにユーロドルを25(1.1525)で50本の買い’だ。

ドル円は当分上がらないと思うから、ストップはいらない。

ユーロドルだけ下の75(1.1475)でストップを入れておいてくれ」

「了解です」

「ところで、そっちはどうだ?」

「了さんがいなくなって、支店の皆もブローカーの連中も、淋しがっていますよ。
収益はまあまあです」

「お世辞にしても、俺がいなくなって、清々したと言われないだけマシってところか。

収益もまずまずで良かった。ところで何か問題はないか?」

本店の外国為替課長として、これからは海外店のケアもしていかなければならない。

前任の川原や部長の田村がそれをしてこなかったために、
東城の負担が増えていたのだ。

少しでも彼の負担を減らせればと思う。

「実は子供の日本語があやしくなってきたので、家内が帰国を望んでいます」

「そうか、また俺の下でも良いのか?」

「はい、それはもちろんです」

「わかった。来年3月頃をメドに考えておくよ」

「学年の切れ目の9月には間に合わないが、そこは勘弁してくれ。

それと不測の事態が起きると拙いので、奥さんを含めてコンフィデンシャルで頼む。

それじゃ、またな」

「ありがとうございます」

 

沖田との電話が終わったとき、時計は10時を回り、グラスは4杯目に移っていた。

全く酔いがこないのは、先のことが気になっているからだ。

9月末までの時間を考慮して先週は勝負に出たが、あんなもので良いのだろうか。

先週のドルの上伸は4円49(114円49銭)で止まり、
ほぼ予測通りの水準で上値が抑え込まれた。

4円台での売りはトータル240本、平均コストは4円29だった。

これらはすべて手仕舞った。

3円20・2円35で80本ずつ買戻し、そして残りを108円台と11円台で作った
根っこのロング80本にぶつけた。

利益は5億数千万に上る。帰国後のジョビングで儲けた数千万と合わせると、
ざっと6億稼いだことになる。

東城は幾ら稼げとか、金額に一切触れていないが、
この先のインターバンクの収益のブレ、
安定しているが低調なコーポレート・デスクやオプション・デスクの収益、
そして自分の管轄外だがマネー・デスクの冴えない状況を考慮すると、
俺のプロップ(ポジション・テイキング)で15億を稼ぎ出す必要がある
と踏んでいる。

それには、9月末までの2カ月余りで9億程度を稼ぎ出さなければならない。

少し揺らぎかけた自信を取り戻す様に、6杯目の残りを一気に喉に流し込んだ。

 

翌日からやはりドルは下がり始めた。

1円半ば(111円)まで下げては2円に戻すといった展開を続けていたが、
ドルは次第に力をなくし、週末のニューヨークで111円割れ直前まで下落した。

だが、今週は沖田に頼んだオーダー以外に市場には一切入らなかった。

内部の会議、申請書類の作成等で忙殺されてしまったのだ。

確かにドルは下落したが、良い売り場買い場がなかった相場展開
だったこともある。

週末の土曜日、面倒な用件を抱えていた。

以前から国際金融新聞の木村から‘夏相場’についての原稿執筆の依頼を受けていたのだ。

一度引き受けてしまった以上、書かないわけにはいかない。

有体のことを書いてEメールで送信した。

すると間髪を入れずに、木村から礼のメールが送られてきた。

「来週はどうですか?」と付け加えてくるところが如才ない。

「ドル円は3月以降、下落局面で2回、110円~112円50銭で揉み合っている。

結果的には2回共、ドルは10円を割り込んでいる。

その時点の安値は1回目が108円13銭(年初来安値)、
2回目が108円81銭。揉み合いでドルが負ける確率は高い。

ただ、既に短期のRSIが低いので、一挙に抜けずに反発することもある。

そのあたりの様子を見たい。ユーロドルは15年8月の高値1.1711を抜けると、
一段高の可能性。ドルやユーロの与件は、巷に転がっている通り。

書き散らしですが、木村さんの方で適当にまとめておいてください。

それでは、失礼します」と書いて、PCをログオフした。

(つづく)

この連載は新イーグルフライから抜粋したものです。

第6回 「意地」

週初からドル買い優勢の展開となった。

先週末(7日)に発表された米6月雇用統計の非農業部門雇用者数(NFP)が
事前の市場予測よりも増加したことを受けてのことだ。

先週末に作った30本のドル・ショートの持ち値4円10(イチマル、114円10銭)を
既に超えている。

だが、先月末に70%を超えた7日RSIは80%に到達している。

ドルが落ちるのは時間の問題だ。

NFPが良かった後の翌週はドルがそれ程強くない
という経験則を知りながらも、
市場の多くが刹那・刹那のセンチメントに負けてドルを買っている。

市場心理とはそんなものだ。

この流れでフィボナッチ水準の4円64(114円64銭)を潰すのは難しい。

ここは108円台からのドル高一相場に一息入る水準であり、
ドルロングの投げを誘い込めれば、一挙に相場は崩れるハズである。

「山下、金曜の夜に話した通り、俺はショートで構える。

今週は勝負に出るよ。

俺に構わず、インターバンクは臨機応変に対応してくれ。いいな」

「了解です」

だが、意気込みとは裏腹に、20(4円20銭)辺りから相場は滞った。

とりあえず、20で20本だけ売って様子を見ることにした。

ロンドンが入ってくる頃に30を付けたが、ドルは伸び切れず、
ニューヨークでも冴えない相場展開が続いた。

やっと相場が動意づいてきたのは翌日の午後からだった。

「山下、野口、30本ずつ二つのブローカーで売ってくれ」

「25」、「26」と二人の声が響く。

「了解」と答えて、少し間を取ることにした。

 

「It’s Ryo. Sorry for calling you up at midnight」

電話の相手はアメリカの友人マイク(マイケル)・フィッツジェラルドである。

マイクはコロンビア大MBA時代の友人で、
米コネティカット州・オールドグリッジにある
ヘッジファンド‘パシフィック・フェローズ’のCEOである。

彼のファンドに出資しているのはスイス系など欧州の機関投資家が多い。

「No problem. The time is not midnight, but early in the morning, though.Right?
Ha! Ha! By the way, what’s up?
Do you want me to sell bucks*?」

「How did you know that?」

「Cause I’m your friend. Ha! Ha! I can sell just100 bucks now.
Is it enough?」

「Good enough! Thanks for your help」

「My pleasure! I know you’re now tied up with dealings.
I’ll let you go, Ryo!」

「Thanks. Good night, Mike!」

電話を置くと、再びドルを売り始めた。

「山下、シンガポールを呼んで30本売ってくれ」

「35」

「了解。野口、浅野、東京のインターバンクで30本ずつ売ってくれ」

「37」、「40」

「了解。あと20本ずつ、マディソンとワールド・コマースで頼む」

「39」、「40」

コーポレート・デスクからも徐々に実需のドル売りが湧き出してきた。

その後も買いが続き4円47を付けたが、東京での買いは少しずつ収まってきた。

自分の心も落ち着きを取り戻した頃、

「課長、五井商事の武村さんからお電話ですが、出られますか?」

と誰かの声がした。

スクリーンから目を離して顔を上げると、
ジュニア・ディーラーの大西が受話器をかざしている。

「ああ、出るよ」と渋々受話器をとった。

「はい、仙崎です」

「随分お売りになったそうで、結構、内外で噂になってますよ」

「ええ、売りましたけど、随分とまでは」

「何か特別な理由でも?」

「いや特にありませんが、ここからは上が重たいと思っただけです」

「そうですか、さっきある外銀が‘米系ヘッジファンドがドルを売っている’と
教えてくれました。

それにスイスの生保が売りオーダーを置いていったそうで・・・。

その辺りの背景は分かりませんか?」

‘マイクが仕向けてくれたんだ’

「残念ですが、まったく分かりません」

うちのコーポレート・ディーラーが武村の気を引きたくて、
俺が英語で話していたのを伝えたのだ。

守秘義務を越えない範囲で情報を客に提供して、
その見返りにフローを取ってくるのも彼等の仕事である。

「有名人はいいですね。仙崎さんが売っていると聞けば、誰もが買うのを止める。

また逆に売りも湧いてくる。流石ですよ」

「冗談は止してくださいよ。私の名前で市場が動く訳ないじゃないですか」

電話の向こうで武村の部下達が「yours」を連発しているのが聞こえてくる。

武村がメモか仕草で「売れ」と命令しているのが手にとる様に分かる。

‘これで良い。

今日、あちこちでディールしたのはこうした効果を狙ってのことだ。

武村はさらに他行にも俺の話を伝えるだろう。

そしてそれが東京市場全体に行きわたり、さらには海外市場にも伝わる’

「それじゃ、仙崎さん、失礼します。またそのうち、帰国祝いでもさせてください」

「ありがとうございます」

今日は彼の電話を逆利用できたが、普段は迷惑な電話である。

それでも五井商事とはうちのあらゆる分野で取引があるため、
出ないわけにはいかない。

電話を無下に扱えば他の部署に影響が出かねないのだ。

彼はそのことを知りながら、しばしばうちに電話をかけてくる。

もっとも、こうした積み重ねが五井商事の市場部門の歴史を
培ってきたのも事実である。

 

その日のロンドンやニューヨークでもドルが買われたが、
高値は49(114円49銭)止まりだった。

しばらくすると、フォローの風が吹き出した。

トランプ大統領の長男が昨年の大統領選に絡んでロシアと
接触したことを裏付ける報道が流れ、ドルの上値が急に重たくなった。

米株は急落し、米金利も低下した。

そしてブレイナードFRB理事の
「テーパリング開始後は次の利上げには慎重な姿勢で臨む」
という趣旨の講演がドルロングの投げを呼び込んだ。

もはや市場にドル買いの気配はない。

重要な3円70(113円70銭)を割り込むのは間違いなかった。

さらには翌日水曜のニューヨーク早朝に公表されたイエレンFRB議長の
議会証言原稿がドルの下落を決定的なものにした。

原稿には「インフレの先行き不透明感に関する懸念や大幅な利上げは不要」
との内容が示されていたのである。

これでドルは一挙に2円92(112円92銭)まで急落した。

意地を張り通した甲斐があった。

意地を張って事が上手く運べば‘流石’と言われるが、
しくじれば‘執着心’の強いヤツで片づけられる。

まだ俺も前者の様である。

 

週末の8時半過ぎに銀行を出ると、青山の‘Keith’ に向かった。

やや重めのドアを押すと、マスターが笑みを浮かべながら迎え入れてくれた。

「カウンターの奥はどうですか?」

「いや、後からもう一人来るから右手の奥のテーブルの方が良い」

「それでは、そちらへどうぞ。女性ですか?」と笑みを浮かべながら言う。

「そんなこと、昔はあったな。生憎だが、ほぼ中年の小太りの男だ」

「そうですか。それは残念ですね」

「まあそのうち、飛び切りの美人を連れてくるよ。

注文はフォアローゼズ・スモールバッチのストレートとチェイサー、
それにサンドイッチを二人前。音はKeithのJasmineを頼むよ」

「承りました」と言い残し、オーディオセットの方に向かっていった。

Jasmineは一人で静かに聴き入るのに良いアルバムだ。

For all we know, Where can I go without youが終わり、
トラックがNo moon at all に入ると同時に携帯が鳴った。

居残りの山下からに違いない。

「悪いな、先にこっちに来てしまって。それで数字はどうだった?」

「米6月CPIや小売り売上高が事前予測を下回りました。今、2円前半です」

「そうか。4円台で売った3分の1は3円20近辺で買い戻しているから、
残りの半分を買っておいてくれるか。

後の半分は来週考えるよ」

「了解です。35でダンです」

「もう済ませたのか。異常な速さだな。それじゃ、適当に片づけてこっちに来いよ。

場所は分かるよな?」

「はい。これから出ます」

 

30分ほどして、汗を拭いながら山下が現れた。

店は246から数分歩いたところにあるが、
その間にも汗ばむほど外は暑く湿気を帯びている様だ。

「今週はお疲れ様でした」

「お前こそ、何かとありがとう。ビールで良いか」

「はい、とりあえず」

「マスター、彼にカールスバーグを頼む」

山下はビールをグラスに注ぎ終えると、‘頂きます’と言いながら一気に飲み干した。

「上手いですね。そのサンッドイッチも良いですか」

テーブルに置いてあるサンドイッチを指差す。

「食いたいだけ食っていいよ。腹がもっと出ても良ければな」

「ひどいな、いきなりそれですか」

二人の笑声がテーブル席から飛び散った。

Jasmineの後にかけてもらったThe Melody At Night, With Youも、
もはや場の雰囲気に合わなくなっていた。

「了さん、来週はどうですか?」

「ドルが崩れて日が浅いから、市場のセンチメントが直ぐに変わるとも思えないな。

問題はドルが売られたときに3月と5月に揉んだ11円台が簡単に崩れるかどうかだ。

また値頃感からのドル買いが出ても今週の失地をすべて回復するほどの力はないと思う。

簡単に言えば、‘ドルは弱含み、だけど、
11円と13円70(111円~113円70銭)の中での揉み合い程度に構えておきたい’
てところかな。

日米共に政局も微妙だし、とりあえずは週初の様子を見よう。

まあ、それよりも今日は飲もう」

「はい」

(つづく)


*buck:米ドルのこと

この連載は新イーグルフライから抜粋したものです。

第5回 「節目のとき」

先週のドラギECB総裁やカーニーBOE総裁のタカ派的発言で
欧州通貨円クロスが急騰し、それに連れてドル円も堅調となった。

今週(7月3日週)もこの地合いを受け継ぎ、
週初からドル円は堅調で水曜日には113円69銭まで上昇した。

先週作ったポジションのうち、ユーロ円は既に利食いを入れてしまったが、
コストの良いドル円のロングはいまだに手仕舞わずにいる。

現在は108円台の30本ロングと11円85銭の50本ロングが残っている。

108円台のロングは米5月CPIが公表された6月14日に作ったもので、
11円85銭のロングは先週の休暇中にディップ(押し目)を拾ったものだ。

明日には米6月雇用統計が発表される。

市場が注目している非農業部門雇用者数(NFP)の
アナリスト予測は約18万人増とそれ程強くないが、
3日に発表された6月のISM製造業景況指数が予想以上に良かったせいもあり、
これまでのところドルは堅調だ。

もっとも、ドル円は13円前半を付けては12円後半に下落し、
13円後半を付けては再び12円後半に下落するといった難しい展開で、
市場の多くがドル一段高の予測をしながらも
コストの良いロングを持ち切れていない様子である。

知り合いのディーラー連中も買っては投げさせられ、
買っては投げさせられているという。

振り返れば自分自身もドル円に関しては、
これまでのところジョビング*程度のことしか出来ていなかった。

虎の子のドル円80本のロングはキープしたままだが、
結局米雇用統計前日の木曜日(6日)までに残せたニュー・ポジションは
129円05銭で何とか押さえたユーロ円のロング50本だけである。

もっとも、ユーロ円のロングもそう長くキープするつもりはない。

ドラギ総裁は自身のテーパリングの示唆が金利市場に与えた影響が
予想外に大きかったことを気にしている。

その反省のために、彼がややハト派的な発言をする様な気がしてならないのだ。

 

金曜日の夜、米雇用統計に備えて山下以外にも5人居残った。

コーポレート・デスクも重要顧客を持つディーラーが数人残っている。

ただ、最も市場の耳目を引く米雇用統計発表の日でも、
ディーリング・ルームにはかつてほどの賑わいはない。

結局この日も常連の商社三社、自動車二社、そして生保二社との取引があっただけで、
インターバンクもコーポレートも大きな収益はなかった。

もっとも、自動車と生保のいずれもがドル円を売ってきたことは大きな収穫と言えた。

市場予測よりもNFPが良かったことを受けてドルが買われ114円台付けると、
間髪を置かずに自動車の一社が40本を売り、生保の一社が100本を売ってきた。

彼等も5月の戻り高値が114円38銭止まりだったことを気に止めていたのだ。

むろん、足下のドルが強いのは分かっているし、
ドラギ総裁の示唆が米金利に上昇圧力をかけていることもあるが、
やはり真っ当な企業の売り処は概ね同じなのである。

6月調査の日銀短観に記載されている大企業・製造業の17年度における事業計画の
(ドル円)想定レートは108円31銭だった。

それと比べれば、足下の相場水準は相当に余裕のあるレベルだが、
彼等は不測の与件が出れば5~6円はあっという間に振れることを十分に心得ている。

彼等の売りを見て、自分もドルを売る気になった。

 

日が変わる頃、山下と銀座のバー‘やま河’にいた。

店は12時で終わるが、ママに少し無理を言って閉めるのを待ってもらった。

「了さん、たった今、沖田さんからメールが入りました。

10(イチマル、114円10銭)で30本売れたそうです。

ただ、30(サンマル)の売り20本は無理そうだということです」

「分かった。ありがとうと伝えてくれ。そして30の売りもオフにする様に」

「了解です」と言うが早いか、スマホに指を滑らせている。

「ママ、ビールを中ビンで頼む。グラスは三つ」

カウンターに置かれた三つのグラスに自らビールを注ぐと、
山下とママに渡した。

「お疲れ様」、少しだけグラスを持ち上げながら三人の声が揃った。

カンターに置かれた麻布十番の‘塩豆’を二粒つまんで、口に放り込んだ。

おしゃれで素朴な味が良い。

「ママ、ラフロイグのオンザロックとドライド・フィグ(干しイチジク)」

「僕はグレンリベットをテイスティング・グラスでお願いします。
それとアテは了さんと同じものを」

「すっかり、テイスティング・グラスが気に入った様だな。
でも、干した果実は糖質が一段と高くなるから気を付けろよ。

それ以上腹が出ると嫁さんに嫌われるぞ」

小太りの山下だが、最近その傾向が目立つ。

「はい」と照れ笑いを浮かべながら、話題を岬の件に切り換えてきた。

「岬君の件ですが・・・。
妻と同期入行で仲が良かったこともあり、
二人は結婚後も電話やメールのやりとりを続けている様です。

別居してから既に2年以上経つらしく、ご主人と性格が合わないのが理由だとか。

妻は結婚式に出席したときに紹介されたそうですが、
少し神経質な感じを受けた様です。

財務官僚とのことですが、何となく想像がつきそうな人物ですね」

「夫婦のことはよく分からないが、
日々の暮らしのなかで消化できない澱が心の中に溜まってしまったのだろうか・・・。

離婚するかどうかは別として、まだ35歳だ。

新しい生き方もあるはずだが」

岬の旧姓は中谷だったが今の姓は何と言うのだろう。

もう別れてから8年も経つのに、そんなことが少し気にかかり出してきた。

「そうですね。今日はもうその話は止めましょう。
ところで、来週はどんな感じでしょうか?」

「そうだな。雇用統計の結果が良いとき、
その翌週のドルが必ずしも強いわけではない。

それはお前も良く知っている通りだ。

このところ、短期RSIの水準も大分高くなっているのも気に懸る。

ただ、市場が今日の統計とFRBの正常化路線を結びつけるのなら、
多少のディップを作ってから上値を試すかもしれない。

来週は108円台からのドル高が大きな局面を迎える様な気もする。

今日付けた4円台の高値を更新すれば、追いかけてその味を確かめてみるのもよし、
また上値が重ければ売ってみるのもよし、日計りはそんな感じかな。

やっかいな相場があるとすれば、114円64銭(トランプラリーの最高値118円66銭と
それ以降の最安値108円13銭との61.8%リトレースメント)を上抜いたときくらいかな。

俺はややベアに構えているけれど、インターバンクは柔軟に対応してくれ。

まあ、来週も頼むよ」

(つづく)


ジョビング(jobbing):短期売買で利鞘を積み重ねるディーリング

この連載は<a href=”http://www.eagle-fly.com/mm/” target=”_blank” rel=”noopener”>新イーグルフライ</a>から抜粋したものです。

第4回 「人事」

月曜のシドニー時間に多少オファーになったドルだが、
東京に入るとビッドづいてきた。

やはり5月からの下降ウェッジを上放れたのが効いている。

この流れで、
直近最高値の111円79を抜いて行く様であれば多少相場が動意づく。

「フィボナッチ水準の112円25銭*を潰せば、112円90銭近辺までありそうだ。」

先週金曜日に国際金融新聞の木村に今週の相場予測を聞かれてそう答えたが、
‘今日の朝方の気配からすると、予測通りになるかもしれない’、
そんな考えが頭を過った。

だが、実際にはドル買いが湧いてこなかった。

市場全体が動意薄となってしまったのだ。

 

場が暇なのを見計らって、東城から任されていた人事を練ることにした。

東城は前任の外国為替課長の川原を関西支店の法人営業部に、
チーフディーラーの大竹をパリ支店の資金・為替部門へ転勤させていた。

帰国後はお前の好きにやれという東城の計らいだろうが、
手薄となった分は自分でカバーしなければならない。

市場が忙しくなると自分もディーリング・ボードに張り付くが、
これも早晩限界がくる。

場が荒れるときは顧客や国内外インターバンクのフローの他に、
支店からのフローも殺到する。

現在自分を含めてインターバンク・デスクは10名体制で回しているが、
手一杯の状態だ。

管理職となった今、必然的に会議も増えているため離席することも多い。

早急に一人を補充する必要があった。

「山下、少し早いが社食に行こう。この分だと場は静かだろう。」

「はい。」

人事の話と悟ったのか、山下が少し声を強張らせた。

「野口、浅野、大口のフローはお前等二人で責任を持ってカバーしておけ。

俺と山下は社食にいる。頼んだぞ。」

「了解しました。」

野口と浅野がほぼ同時に答えたが、二人共声が上ずっていた。

上の二人が居なくなることで不安を覚えたのがよく分かる。

こうして若手ディーラーは皆、不安と恐怖を感じながら一歩ずつ
成長していくのである。

野口はユーロやその他欧州通貨、そして浅野はアジア・オアセアニ通貨を
担当しているが、日頃からドル円を担当する山下のフォローも
しっかりとこなしている。

任せても問題はない。

また万が一失敗しても、その責任は俺がとればいいだけのことだ。

 

13階にある社食は朝7時半から開いているが、昼食は11時からである。

ディーラー連中はデスクで弁当をとることが多く、あまりここは利用しない。

普段なら眺望の良い日比谷通りに面している窓際の席は一杯だが、
少し早めに来たせいもあって空いている。

人事の話をするには好都合だ。

「あそこにしよう。」と言いながら、
両手で抱えた焼き魚定食のトレーを席の方に向けた。

生姜焼き定食を選択した山下が、
「めずらしく特等席ゲットですね。」と少し嬉しそうに言う。

席に座ると直ぐに、本題を切り出した。

「さっそくだが、明日からお前がチーフをやってくれ。

もうお前なら問題ない。

俺は9月期を乗り切るためにプロップ(ポジション・テイキング)に専念する。いいな。」

激励の意味を込めて、力強く確認の言葉を付け加えた。

「はい。喜んでお引き受けします。でも仙崎さんも大変ですね。」

「いや、所詮ポジションの大きさが変わるだけだ。

もっとも、夜なべは増えるだろうな。

それに言っておくけど、
お前もそれに付き合うことが多くなるってことは分かっているよな。」

「はい、でも精々離婚されない程度にしてくださいね。」

少し大きな二人の笑声が混み始めた食堂に響き渡った。

「ところで直ぐにでも、一人補充したい。誰かいないか?

ただ、あっちの息のかかったのは拙い。」あっちとは日和銀行のことである。

「そうですね。それでしたらIBT証券外債部の小野寺が良いかと。

年次は2年下ですが、なかなか考え方もしっかりしているし、
うちに向いていると思います。

確か部長は住井出身ですし、横槍が入ることはないでしょう。

それに何よりもあいつは仙崎ファンですから、きっと本人も快諾しますよ。」

「そうか。分かった。明後日東城さんが長旅から戻ってくるから、
さっそく話してみるよ。

それとお前の件だが、来春にニューヨーク転勤ということで良いか?」

「本当ですか。ニューヨーク大好き人間の家内もきっと喜びますよ。」

声を弾ませていう。

「そうだな。良いところだよ。特に郊外が良い。

頃合いを見て東城さんに話しておくが、それまでは誰にも話するなよ。

悪いが、奥さんにもだ。」

 

社食を後にした二人はまるで何もなかった様に、ディーリング・ルームに戻った。

「それじゃ、明日から宜しくな。」と言って、
自分のデスクに戻ると目先の戦略を練った。

暫くして、
USDJPY
Buy 50 mio(本)at 11円80銭), Buy 50 mio at 12円25銭. If all done, sell
50 mio at 12円90銭)。
EURJPY
Buy 30 mio at 25円85銭(125円85銭). If done, sell 30mio at 128.00.
と書いたオーダー用紙を山下に渡した。

「山下、悪いけど後でこのリーブ、俺がオフするまで回し続けておいてくれ。

買いはすべてall taken next*で頼む。

勝負処だから、ストップは入れないが、
ドル円は朝方のシドニーで付けた1円13(111円13銭)、
ユーロ円は25円(125円)を割り込む様であれば、
電話連絡だけする様に手配を頼む。

週末のデフレーターの予測が悪いので、
にわかロングは必ず投げてくる。

ドル円はそこでもう一度買ってみよう。」

「了解です。」

 

結局、週前半で利食い以外のリーブはすべて付いた。

11円80銭の買い50本のうち、30本は11円45銭のストップロスに回した。

これで現在のポジションは、ドル円は108円90銭で30本のロング、
111円80銭で20本のロング、112円25銭で50本のロング、
そしてユーロ円は125円85銭で30本のロングとなった。

 

水曜日の午後3時過ぎに、東城の執務室に呼ばれた。

「お疲れ様でした。ロンドンの後、フランクフルト、シカゴ、
そしてニューヨークへ行かれたと聞いておりましたが、
随分と強行軍でしたね。」

「まあ、世界の市場部門の実質的責任者なのでたまには仕方がない。

例のEUの業務認可はフランクで決まる方針だ。

ハードブレグジットとなれば、法人営業もロンドンのままでは拙いだろうしな。

ところで、少しは調子が出て来たか?」

「収益はまずまずですが、その件で人事を少し動かしたいと考えています。」

「そうか。それでどうするつもりだ。」

一昨日山下と話し合って決めたことをそのまま伝えた。

「了解した。山下のチーフ昇格は常務に伝えた後、人事に報告しておく。

証券の小野寺君の件も、債券部長の倉本とは親しい仲だから多分大丈夫だ。

出来るだけ早く着任する様に手配する。」

「恐縮です。」

「ところで、市場はどうだ?」

「概ね金利相場というか、利上げ期待相場といった感じです。

ECBのテーパリングは直ぐに実行には移せないでしょうが、
市場は期待が先行するため、当分はユーロ買いが優勢となるでしょうか。

ただ、ユーロ圏要人のユーロ高牽制には気を付けたいところです。

BOEの引締めは、ブレグジットの結果としてのポンド安で
一年前と比べて大幅にCPIが上昇しているため、
止むを得ずの政策と言えます。

ブレグジットの経過も考慮すると、ポンド買いは控えた方が無難かと。

FEDはvoting member9人のうち6人が年内利上げ支持派(中立派)、
残り3人がハト派です。

夏休み前のjobless dataとインフレ指標次第で9月利上げ説も浮上しそうですが、
このところの実体経済を見る限りでは12月の可能性の方が高いと思います。

このままイールドがスティープニングしてこなければ、
中立派の2人がハト派に転じる可能性も排除できません。

その場合は年内の追加利上げなしということになります。」

「分かった。それより、社宅の方は落ち着いたのか?」

「いえ、まったく。母親と姉が生活必需品は用意してくれたのですが、
自分の居所とは呼べる状態ではないですね。」

「それは拙いな。物事は基盤が重要だ。

明日から休暇をやるから、日曜日までの4日間で何とか部屋らしくしておけ。

これは業務命令だ。

現在のポジションはリーブで凌いで、来週からまた心機一転頑張ってくれ。」

「了解しました。ありがとうございます。

それでは本部長も出張の疲れを癒してください。失礼します。」

と言い残してその場を辞した。

 

席に戻るなり、東城との会話を山下にそのまま伝えた。

「山下、東城さんは先日話した通りで動いてくれるそうだ。

お前のチーフ昇格の件は今日、常務の承認を経て人事に届く。

小野寺君の件も問題ないと思う。

ところで悪いけど、東城さんの命令で俺は明日と明後日、休暇をとることにした。

少しねぐらを整えておけとのことだ。

そこでリーブだが、12円85銭で50本は売ってくれ。

それがdoneしたら、11円85銭で50本の買いを入れて置いてくれないか。

ユーロ円の利食いは128円のままで良い。

今週残りの二日間の相場を見てみないと分からないが、
ドル円は年初来の抵抗線が抜ける様なら、
13円80銭位があっても不自然ではない。

ただ、如何せん108.81からの上昇が速過ぎるので、
そろそろドル買いに過熱感がでそうな気がする。

下は111円前半まで落ちる様だと、そこからの反発は難しくなるので、
下値を試す展開もあり得る。

ユーロはこの先、ユーロ高牽制発言が入る可能性も排除しない方が良いと思う。
それじゃ、留守の間の二日は頼む。」

「任せておいてください。

ところで仙崎さんに言うか言うまいか、迷っていたことがあります。

でも家内と話をしていて、やはり話す方が良いとの結論に至りました。

岬君のことですが、どうも結婚後、ハッピーではないらしく
今は実家のある松本に戻っているそうです。

来週また飲みに行ったときにでも詳しくお話し致します。」

「そうか、分かった。話してくれてありがとう。それじゃ、来週。」

岬はニューヨークに転勤する前の半年ほど、付き合っていた行内の女性である。

俺が多額の損失を出した頃から少しずつ、会うのも間遠になっていた。

(つづく)


*5月10日高値114円38銭と6月14日安値108円81銭との61.8% retracement
*売り物がすべてこなれた状態

この連載は新イーグルフライから抜粋したものです。